心躍る○○

「密室殺人!」
ここは、某探偵事務所。
事務所自体はなかなかに繁盛している。
探偵たるもの、ミステリ小説のように殺人事件を鮮やかに解決!…な〜んてするわけはなく、専ら人探しだったり、素行調査だったり。
ま、現実なんてそんなものだ。
ただ、私が助手として付いている探偵だけは、ちょっと、いやかなり変わり者だ。
今日も今日とて、「A市で殺人 密室か?」の不確かな一報だけで警察署へ飛んで行った。
密室殺人なんて、現実にあるわけがない。あるとすれば、合鍵を持っているような、ごく身近な人物が自然容疑者となるわけだから、むしろ絞り込めてラッキーなくらいだ。
もっとも、時間を持て余すくらい堂々とした強盗が、家の鍵も探し出して施錠して出ていった、というなら難しいかもしれないが。

さて、警察署に到着してみたところ、案の定の展開で、
「ああ、その件ですか。もう解決したんですわ。
犯人は愛人でしてな。お定まりの別れ話のもつれですわ。
持っていた合鍵で施錠したそうですが、ま、これはただの習慣でしょうな」
と、ご立派な太鼓腹の警部が笑いながら教えてくれた。

「なぜだ!なぜ現実にはミステリーのような心躍る事件がないのだ!」
警察署を出たところで、変わり者探偵が一頻り喚いている。
が、
オイ、仮にも人の不幸を"心躍る"はないだろう。
一発蹴りを入れておいた。
そもそも実際には、しち面倒臭いアリバイやトリックを実行するくらいなら、とっとと逃亡した方がいいに決まってる。
もっと言えば、死体を完全に隠してしまえば、そもそも殺人事件が表には現れることなく、容疑者も存在しなくなるのだ。
捕まりたくないのなら、その方法を考えるほうが現実的だ。

この”一応”上司には常に呆れさせられる。
じゃあなぜここに居るのか。
悔しいが、この人と一緒だと楽しいのだ。
腹の立つことも山ほどあるが、しかし見過ごしがちな、ほんのちょっとしたことに気づかせてくれたり、当たり前だと思っていたことに別の角度からの見方を教えてくれたり。
とにかく、飽きないのだ。
そう、いつの間にか、自分にとってここは、”心躍る”場所になっているのだった。

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