ドキドキする理由

「最近、急に胸がドキドキするんです。なんだか息もしづらくて…」
私はS女子校に通う17才だ。今は保健室で白衣の女保健師と向き合っている。
打ち明けたとおり、最近突然動悸が早くなる。ドキドキが止まらない。
突然やってくるので困る。顔もぽうっと熱くなって、熱かと思って計っても平熱。
ここ数日ほど、そんな日々が続いていた。
「突然とはいいますが、じっくり考えてみましょう。どんなときに多いですか?」
言われて、どんなときになっているか、落ち着いて考えてみると思い当たることがあった。
「そういえば、学校に居るときが多いです。でも、緊張とかじゃなくて…」
「他に具体的な場面はありませんか?例えば誰かと一緒のときとか、誰かを思い浮かべたときとか。」
「そう、いえば…」
無意識の意識に気が付き、その事実に思わず視線をうろつかせると、
「花田さん。それはね、恋ですよ。」
白衣のよく似合う美人と名高い保健師は告げた。
「で、でも、ここは…」
図星を突かれたように慌てる私の言葉を遮り、
「花田さん、恋というのはね、必ずしも異性に訪れるものとは限りません。誰かに恋する気持ちというのに性別は関係ないのです。それ自体が尊いものなのですから。だから恥じることも戸惑うこともありません。その思いを大事になさい。」
一言一言、噛みしめるようにゆっくりと言葉を繋げた。
恋…。
先程うろたえたのは、ある人の姿が浮かんだからだ。
もちろん同性だ。
それはない、と打ち消そうとしたが、目の前の美しい人生の先輩は、そのまま受け入れろ、大事にしろと言ってくれた。
戸惑いながら頷いた私に、白衣の女医は優しく微笑んだ。

そして、60年後。
「最近、急に胸がドキドキするんです。なんだか息もしづらくて…」
最近突然動悸が早くなる。ドキドキが止まらない。息苦しさも自覚していた。
「花田さん。それでは一度、心電図と心エコーの検査をしましょうか。」
N女子大学病院で、白衣のよく似合う美人と名高い循環器内科女医は、優しく微笑んだ。

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