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学校の『何でも屋』さん 第一話

「嘘つくなよ」
「そうだ、兄貴に逆らう気か」
「す、すみません。で、でもお金は本当に……」
「おい‼︎」

 首元を掴まれた少年の踵が浮ぶ。身長140cmほどの小さく軽い体だ。相手との身長差は20cm以上はあり、小さい彼の抵抗も虚しく体が浮いてしまう。同時に首がしまり、苦しくなってくる。そして、彼の呼吸が乱れてきた瞬間に奴がきた。
 正義の味方にしては荒々しく、大胆すぎる。しかし、困っている者には手を差し出す。そんな奴の足が、少年の首元を掴む不良の手を弾いた。

「痛って──なんなんだ一体‼︎」
「私は弱者の味方だよ。私利私欲の為に力を振りかざす奴は私の敵なの」

 奴は彼女だった。リボンが特徴的なこの学校の制服と凛々しいショートカット。可愛さよりも美しさの方に偏る見た目をしている。だが、見た目とは違い性格は荒々しい。

「なんだてめぇ、兄貴、やちゃいましょうよ。こんな奴」
「ああ、やってやる‼︎」

 不良二人は、タイミングを合わせて、彼女に襲いかかってきた。片方は素手だが、もう片方は金属バットを持っている。人数、手数、戦力、男と女。と不利な部分は多数。だが、彼女は逃げなかった。
 不良二人は同時に襲ってくる『不良その1』素手の男の方がほんの少しだけ早く彼女のところに着くと、手を伸ばし彼女を捕まえようとした。が、彼女は不良の手を撫でるように自分の腕で避けると『不良その1』の袖を引っ張り寄せ、同時に襲い掛かってきた彼の足を払う。一瞬だけ、彼女と『不良その1』の顔が近づく。
 瞬間、彼女は笑ってみせた。
 この時、彼女の美しさよりのイメージが一瞬だけ、可愛いさに偏る。その破壊力に『不良その1』はほんの一瞬だけ力が緩み、体が九十度に傾いた。そのまま真横に薙ぎ払われる。真横には金属バットを構えた『不良その2』。二人は勢いよく体育館壁にぶち当たった。
 
 これが、彼女の安全性を無視し、利便性に特化した我流柔道の技である。
 
 ここは中高一貫九十九学校──総学生数は一万人以上。この学校は学生数以上に個性的な人物が沢山やってくる。高等部二年生、楠田凛 くすだ りんもその一人だ。

「ねぇ、君大丈夫?」

 先ほどまで、少年がいた所に──少年はいなかった。

「あれ、いない。しかも、あのバカ不良二人もいつの間にかいないしっ‼︎ 全員どこ行ったんっじゃ‼︎」

 中高一貫九十九学校では学生数以上に、なぜか個性的な人物が沢山やってくる。
 
 普通科棟屋上にて、時間は昼休み。

「私がせっかく助けてあげたって言うのに、お礼のひとつもないなんて、何かくれてもバチが当たらないと思うんだけど」
「まぁまぁ、その少年は凛が助けてくれたこと、感謝していると思うよ」
「ほんとかな?」

 屋上のベンチに楠田凛と楠田の幼馴染の地味な眼鏡がチャームポイントな最上菫もがみ すみれ の二人はお昼ご飯を楽しんでいた。小学校、中学校からの仲であり、進学時にたまたま同じ高校に進学するというほどの仲良しだ。楠田の成績は普通科の中では下から数えた方が早いが、最上は学年の中で上位五本の指に入るほどの優秀。しかし、容姿には一切の関心がない。一度、楠田は最上にオシャレを進めたが、興味がないと一蹴されてしまった。しかし、お弁当袋だけは、ものすごくオシャレなものだ。白色のシルクを使い、花の菫が描かれていた。

「お弁当箱だけはすごくオシャレなんだよね」
「突然、何?」
「それ、すーちゃんのお母さんが作ったやつでしょ。私のお母さんもハンドメイド職人だったら、アクセとかをタダで作って貰えるのにな」
「そんなんじゃないよ。最近なんてお客さんの注文の品を作るのに手一杯で作ってもらえないよ。でも、お母さん、ハンドメイドやめるんだって」
「え」

 急な告白で楠田は驚いてしまった。最上の母はハンドメイドだけでもやっていけるほど世間的に有名なハンドメイド職人だ。だが、やめてしまうとは楠田はなんだか勿体無い気がしてならない。

「お母さんは初めは好きでやっていたんだけど、お客さんを取るようになってだんだんハンドメイドが好きじゃなくなちゃって。だから、今引き受けている注文でハンドメイド職人を辞めるって」
「えー、私だったら、もっと一儲けしてやろうと思ちゃうな」
「ふふ、凛っぽいね」

 なんだか最上に揶揄われたような気もするが、そんことよりも、楠田は最上の笑顔が見れてなんだか安堵した。それからも。二人はお弁当を食べながら談笑をした。二人が最近やったテレビ番組のことで盛り上がっていると、ある人物が話しかけてきた。

「お食事中、すみませーん。僕、九十九学校の新聞部やってるシュウっていうんですけど、美人なお二人さんにお話聞きたいと思いまして、少しの時間よろしいですか?」
「はぁ」

 かなり美形でモテそうな学生が二人に話しかけてきた。楠田と一緒に立つと、何かの絵になりそうだが、対して性格残念美人の楠田が一言話しただけで、その幻想が一瞬にして崩れてしまった。最上の方は、人見知りセンサーが発動し動けなくなってしまっているので、仕方なく楠田はイケメン新聞部のシュウに話を聞くことにした。

「で、なんなんです?」
「美人で綺麗なお姉さん、よく聞いてくれました。俺は今、この学校で噂されている『何でも屋』を追ってまして」
「『何でも屋』?」
「はい、この学校でかれこれ十年以上噂されている『何でも屋』です。依頼方法はいまだに謎。組織人数も百人なのか、単独かも謎。今まで何でも屋を語った人は沢山いましたが、どれもこれも、本当か怪しいものばかりでした。しかし……」
「しかし?」
「今、『何でも屋』がとある商品を集めているという噂が流れています。それは、有名ハンドメイドメイカー『mogami』の商品を集めているという噂です」
「え、私の母の商品どうして?」
「ええ、あの『mogami』が、閉業することになり、商品化価格の高騰化が起っております。おそらく、『何でも屋』も……」
「ででも、私のお母さんは販売価格を上げたりしない……」
「転売ね」
「はい、なので、最上菫さんから話を聞きたいのですが」
「駄目。また今度にして頂戴」
「そんなぁまだ本人から返事もらってない……ってどうしました?最上さん、何かお探しで?」
「すーちゃん? どうしたの」
「私のお弁当袋がない、どうしよ。凛‼︎」
「あんたぁ」
「俺じゃないですよ、もしかして、あの人じゃないんですか?」

 イケメン新聞部は屋上出口の方を指差すと、白い布布袋を持つつば付き帽子を深めに被ったいかにも怪しげな男子学生がいた。そして、こちらに気がついた男
子学生は、急に走り出した。

「この待て、泥棒‼︎」
「凛……」
「任せてすーちゃん、私がなんとかしてみせるから」

 楠田は屋上に最上と週を残して、屋上から出て行った。

 現在、楠田凛は地下にいる。つば付き帽子を被った男子学生は学校を出たあとに目立たない公衆トイレの男子側に逃げ込んだ。楠田は躊躇いもなく犯人を追いかけ、閉まっていた個室トイレを上から覗くと、地下室につながる階段があった。そして、今、見つけた階段から降りてきて楠田は地下にいる。
 地下は工事現場の跡地になっていた。楠田は噂で聞いたことがある。昔、この学校には地下施設を作る計画があったが、なぜが、その計画が中止になってしまったと。学生の間では、実験施設、核シェエルター等を作る予定だったとか噂がが立っていたが、真実は謎のまま。工事道具や鉄パイプなどの材料、そして、重機の影に隠れながら探索していると近くから、声が聞こえてきた。すぐに声を殺しながら、ゆっくりと声のする方に近づいていくと声の主がいた。つば付きの帽子と学生服の怪しいげな組み合わせを見て、楠田は直ぐに犯人だと気がついた。

「いや、待たせたね。お、期待通りの活躍ですね」
 
犯人の前に出てきた身長の低い高等部の学生服をきた男が現れた。しかし、顔は狐の仮面に隠されていた。

「へーお前があの『何でも屋』か。随分と可愛らしいんだな。まぁ、俺としては金さえくれればなんでもいんだが」
「はい、これが今回の報酬です」

 狐仮面の男子生徒は中村に茶封筒を手渡した。

「ありがとうよ。確かに三万あるな、じゃあまた頼むよ」

 犯人がこの場から退場しようと後ろを向いたところで、彼女は笑顔で最上のお弁当袋を盗んだ犯人の目の前に笑顔で現れた。円満的すぎる笑顔は不気味にも見える物だった。

「は、はひぃ」
 
 犯人の口から、恐ろしさと驚きが混ざったなんともいない悲鳴が漏れ出た。
 瞬間。
 首元が締め上げられた。犯人が必死に足を着こうとするも、地面は求めるところになく宙に浮き、体が物理的に回った。そして、気がついた時には、地面に背中に叩きつけられ、瞬時に回され、腕を捻られた状態でうつ伏せになっていた。

「やっと捕まえた。まずお前からだ」
「痛い……ギブギブ。離してくれ、俺はもう持ってないだ。ほら、あいつの手元」

 犯人が指さした方向には、狐の仮面を被った少年のような男子生徒が最上の母が作ったお弁当袋を持って、二人を見下ろしていた。

「あんた……これを見ても逃げないなんていい度胸ね。早くそれを返しなさい」
「痛いって、だから俺はもういいだろ。だから離してくれよ」
「あんたは黙ってて」

 仮面の男は仮面の下から小さく笑った。仮面の端から口角が上がっているのを楠田は確認した。

「あんた何を笑って」
「楠田凛。小中学校柔道経験者。そして、中学時は県大会も優勝経験あり。流石ですね。思った通り。しかし、なぜ、高校で柔道やらないんですかね。もしかして、東町中学校での暴行事件が何か関係が……」

 仮面の男が言い切る前に既に動いていた。楠田は目の前の『何でも屋』を捕まえるつもりで手を伸ばしたが、楠田が掴んだのは最上のお弁当袋だった。既に『何でも屋』はお弁当袋からは手を離していた。

「おっと、随分な狂犬ですね」
「待て‼︎ 逃すか‼︎」

 楠田はもう一度、踏み込み、聞き手とは逆の手で狐仮面の男の胸元を掴むも、簡単に振り払われてしまい、楠田と彼の距離はいつの間にか大きく空いてしまっていた。彼は楠田に冷たい声で言った。

「君が、やろうと思っていることは、無作為に事実を表に出すことですよ。それは、わがままな子供と変わりませんよ。表に出ない方が良い事実もあります。もう少し、頭を使って行動した方がいいですよ」

 目の前の『何でも屋』は暗闇に消えそうだった。

「あ、それと、学校の寮専用掲示板の裏側に『何でも屋』と依頼内容を書いて挟んでおいてください。きっと、いや、絶対に君は僕の元を尋ねてくる。では、また」

 そう言って仮面の男は暗闇へ消えていった。後から追いかけたが、既に『何でも屋』はおらず、楠田が倒した窃盗犯もいつの間にか姿を消していた。
 
 楠田が、地上に出たときには、今日の最後の授業のチャイムがなっていた。これから下校する学生や、部活に励む学生がいることだろう。学校校内の道をただ、歩いていた。いつの間にか小さな広場に着いていた。ここは大きな校舎の休憩所の一つになっている。自然に囲まれたベンチと木製のテーブルが配置されている。楠田は疲れた足と心を癒すためにベンチに座った。

「こんにちは」

 楠田がゆっくりと顔を上げるとイケメン新聞部が目の前に立っていた。

「あ、あなたは」
「はい、俺の名前はシュウです。あの、あと、どうなったのですか? 新聞部としてもあの後の話がとても気になりまして、お弁当袋は……取り返すことができたんですね」
「……ええ」
「どうしました? 何かありましたか?」

 シュウは楠田からテーブル挟んで反対側のベンチに座った。

「私のやっていることは正しいことなんでしょうか。この世に隠しててもいい事実って存在するのでしょうか?」
「俺はそうとは思いません。楠田さんの言う通り、隠してもいい事実だとしても、表にでて困ることなら、それは、きっと隠れてていい時事ではないと思いますよ。それに俺は事実暴いて活動してます。今までの行動が間違っていたとは思っていません」
「シュウくん……」
「楠田さん。僕と協力して、『何でも屋』捕まえましょう」
「え?」

 急なお願いに楠田は驚いてしまった。シュウは楠田に『何でも屋』を何故、追っているのかを説明し始めた。

「『何でも屋』は依頼の為なら、盗み、詐欺、殺人。犯罪でも何でもやることで有名だった。俺の仲間が、あと少しで『何でも屋』の正体を突き止めるところまで行きそうだったんだ。だけと、直後に俺の仲間は専門棟の二階から転落、運よく生き残ったが、重傷を負って、今も入院している。だから、俺が仲間の思いを引き継いで奴を追いかけているんだ」
「そうだったんですね……」

 楠田は、シュウに自分と同じいや、それ以上に抱えているものがあると気がつかされた。

「だから、何でもいい。奴に繋がる手を何か教えてほしい。お願いだ」
「……わかりました。私も協力します。あなたの仲間の為にも」

 楠田は、地下であったことを全て話した。そして、『何でも屋』との連絡手段も。
 シュウからの作戦は、単純だった。もう一度、『何でも屋』を地下に誘き寄せることだった。その後のことはシュウと二人で『何でも屋』を捕まえること。もし、相手に仲間がいれば、外で待っている新聞部の仲間に応援に来てもらえることになっていた。
 作戦前に楠田は最上に全てを話した。

「凛。ありがとう、取り返してくれて」
「私はあいつと決着をつけないといけないみたい」
「行くんだね……うん、わかった。怪我しないでよ。凛」

 楠田は静かに頷き、普通科棟を後にした。
 
 楠田凛は地下で待っていた。しかし、彼女は一人だ。シュウは時間になってもきていない。
 地下の暗闇の中から足音が聞こえてきた。
 楠田が足音の聞こえる暗闇の方を向いた。闇から現れたのは狐の仮面を被った男子学生だった。楠田は地面にしっかりと足をつけ、一人でもやる覚悟を決めた。

「あんたは……」
「よくきてくれました。早速ですが、依頼内容は、ハンドメイドブランド商品の『mogami』の転売をなくして欲しいというものでよろしいですか?」
「ええ、それでお願いするわ」

 ここでシュウがやって来ることを悟られないように楠田は誤魔化さなければならない。この表向きの依頼を『何でも屋』に頼み、長年謎に包まれた『何でも屋』の尻尾を掴めたのだ。この機会を逃すようにしなければならない。

「では、依頼料は後払いでよろしいですよ。今回は依頼内容の確認だけなので、では」

 では? このままでは『何でも屋』はまた、闇の中へ帰ってしまう。ならば、依頼完了後がいいのではないだろうか? それであれば、すーちゃんのことも解決している。かつ、『何でも屋』を準備万端な状況で捕まえられる。それに今は、シュウくんがまだ来ていない。すーちゃんには今回のことは謝っておけばいい。楠田一人ではどうしようもないのだ。

「いや、依頼料は先払い」
「……わかりました。では、先払いでお受けいたします。今回の依頼料は十万ってところですかね。貴方に払えますか?」
「あ、……ええ、もちろんだわ。えっと……」

 楠田は胸ポケットを探る仕草をしながら、『何でも屋』に近づいていき、最短距離でお金を受け取る気の『何でも屋』の腕を掴んだ。

「捕まえた」
「……っ‼︎」

 それはいきなりだった。楠田が、『何でも屋』の腕を掴んだと思った瞬間に、相手は楠田の頭を抱えるように体当たりをしてきた。小さい体だとしても、男子高校生の力で推し倒されては体を維持することはできずに、体を背中から倒れていってしまう。
 大きな音がなった。土埃が、土の塊が、石が、砂が舞い上がった。
 楠田はこの瞬間に何が起きたのかわからなかった。
 顔には『何でも屋』の小さい男子高校生の体があり、隙間からは砂が吹き荒れていたのだ。
「大丈夫ですか‼︎」
 『何でも屋』の声で夢のような感覚から現実に戻された。男子高校生の体から顔が解放され、最初に見たのは、コンクリートの壁に突き刺さっている大きな鉄柱だった。鉄柱はロープのようなもので吊らされており、それがコンクリート壁の反対方向から振り子の要領で振られ、壁に突き刺さっていたのだ。
「一体……どうなってるの? あんた、大丈夫なの?」
「はい」
「楠田君‼︎ どこだ‼︎」
 
 暗闇の遠くからシュウの心配そうな声が楠田の耳に届いた。楠田は『何でも屋』を押し退けてシュウの元へ向かおうとすると、『何でも屋』が楠田の腕を掴み、シュウの元へ向かうのを止められた。
「なんで、止める‼︎」
「行かない方がいいですよ」

 しかし、敵だった『何でも屋』のいうことを楠田が聞く義理はない。確かにさっき助けられたが、楠田が最上のお弁当袋のことは許していない。

「さっきはありがとう。だけどそれで私はあんたを許したわけじゃないから」 

 掴まれた腕を楠田は振り払うと声の暗闇へ駆け出した。少し走り、曲がり角を曲がった先にシュウがいた。
 が。シュウだけではなかった。十数人ほどの男子学生に囲まれていた。楠田は新聞部の部員だと思っていた。だが、あの男達が手に持っている、鉄パイプ、金属バット、折り畳みナイフなんなんだろうか。楠田を助けに来たにしては少し物騒すぎないだろうか。

「俺たちが必要なんですかね。シュウさん」
「相手をみくびるんじゃねぇ。相手はこの学校の闇にずっと生き残っている奴だ。わかったか」

 聞こえてくる会話に違和感を感じてしょうがない。あんな小さい男子学生にあれらの武装、人数は過剰防衛ではないだろうか。それにあの会話はまるで『襲う側』の人間の会話ではないだろうか。いや、直接本人に聞いてみないと……。

「シュウさん……‼︎」

 つい、楠田は声を掛けてしまった。彼の疑いを晴らすために。
 楠田の存在に気がついたシュウは学生達の輪から抜け出し、楠田の前に現れた。 

「楠田君‼︎ 大丈夫でしたか、どこからか大きな音がしたので心配しました」
「あの、この人達は……」
「ああ、新聞部の仲間達だ。今から彼らと僕で君を探そうと思っていたんですよ。ここの地下室も結構広いですからね。楠田君も見つかったことですし、早速、『何でも屋』を捕まえにいきましょうか」
「その武器を持ってですか」
「ああ、相手は殺人でも何でもやるような奴。だから、やるなら徹底的に準備をして……楠田君、何か言いたいことでもあるんでしょうか」
「彼は小さな体でした。そんな物なくても、彼らがいなくても私とシュウさんがいれば、どうにでもなりますよね。この楠田凛のことが、信用できないんでしょうか?」

 シュウは美形で優しい顔でゆっくり楠田に近づく。

「いや、君の強さには驚いているよ。男一人を簡単に投げ飛ばせるほどに、強いことは、知っているよ」

 シュウの言い方はまるで、言い訳する子供を諭すようだ。

「──うっぐ」

 嗚咽が漏れた。楠田は殴られた鳩尾を押さえながら、真横に倒れた。

「お前、やっぱ、もう邪魔だわ」

 痛みや、苦しさで思いような声を出すことができない。呼吸もままらないほどに。呼吸を元のリズムに戻そうとしてもお腹を殴られた痛みがそれを邪魔をした。

「シュウさん、こいつどうするんです」
「『何でも屋』を地下に呼び出しせた時点でこいつの役目は終わり、だから、あと二、三発殴って大人しくさせておけ」
「了解っす。じゃあ、こいつで」

 楠田の目に映ったのは金属バットだった。ただ、それが見えても今の楠田には呼吸もできずに体を動かすことができなかった。悔しさや、無力さ、痛み等の負の感情に叩きつけられ、相手を睨め付けることしかできなかった。あとは、金属バットが楠田の体に当たるだけ。
 だが、そうはならなかった。金属バットを振り上げようとした男の顔に上から蹴りが炸裂したからだ。あたりどころが悪かったのか、男はそのまま動かなくなってしまった。

「しまちゃん‼︎ おい誰だ、しまちゃんをやったのは‼︎」
 シュウが目線を上げて、上からぶら下がっている人物を見て言った。
「ついに姿を現したな、『何でも屋』狐の仮面に、小さい姿。本当に噂通りの格好だとはな」

 『何でも屋』

 彼は上の通気口から姿を表した。楠田は彼のことは何も知らない。だけど、なぜ、彼は自分の事を 二度 助けてくれたのかわからなかった。何なら一度目は助けを断ったはずだ。

「女の子相手に、それらの武器は卑怯じゃないですか? 倒れた女の子に殴りかかろうとしたのは……君、それとも君ですか。それとも……」

 新聞部の仲間達に『何でも屋』は一人づつ、指を挿していき、最後の五人目まで指差し終わると言った。

「まぁ、誰でもいいいや。やられたい奴から、僕が相手してあげるよ」

 これを聞いたシュウの仲間達はそれぞれが『何でも屋』に罵声をあげ、その中の鉄パイプを持った男が『何でも屋』に殴りかかった。『何でも屋』との体格差は二倍あるように見えた。体の小さい『何でも屋』に攻撃があたればひとたまりもない。だが、それは当たった場合の話だ。
 小さい体を利用して、『何でも屋』は鉄パイプの攻撃を交わしていく、時には宙に飛び、壁を利用したり、動きは三次元的なものだ。相手が完全に弄ばれていた。そして、タイミングを見計らって、『何でも屋』の上段蹴りが相手の顎に炸裂し、相手は鉄っぱいパイプを手放していまい、ついには動かなくなった。
 これを見た。仲間は複数人、同時攻撃を仕掛けたがそれも意味をなさずに全員を同じようにノックアウトしてしまう。『何でも屋』は残った一人を狐の仮面で睨めつけた。

「あとは、あなただけですよ。地代修道じだい しゅうどう
「なぜ、俺の名前を……」
「僕の周りを嗅ぎ回っていると聞いたので」
「よし‼︎ 今のスマホで撮ってやったからな。お前をネタにすれば、新聞部の声明と注目度はアップして、SNSの有料メンバーも増えるんだよ。そうだなタイトルは『あの何でも屋。ついに暴力沙汰で退学処分』‼︎ 残念だったな。もうほとんど俺の目的は達成されているんだ‼︎」
「ところで、あなた、転売やってますね。あの仲間達に集めさせたんでしょうか? 新聞部の部室にある『mogami』のアクセサリーたくさんありました。ちゃんと写真もここにあります」

 そう言って、『何でも屋』はとある部室の段ボールの中を写した写真を相手に見せた。

「お前、それをどこで……いつ……‼︎」
「いつでしょうね。ん? ……あれ? でもこの段ボールの中。今回の『mogami』だけじゃありませんね。ここに写っているやつなんか、学校で盗難された奴じゃないですか。まだ、犯人も見つかってないってないと聞きましたが…」
「……っ‼︎」

 二人の間に楠田は立ち塞がった。まだ、体に痛みが残っている。だが、いつまでも休んでいるわけにもいかない。目的の人物が目の前にいるのだから。そして、親友との約束も守らなくてないけないのだから。

「シュウさん、聞きたいことがあります。まずは、初めに私と最上菫に近づいてきたのは、最上菫のお母さんが目的ですか?」
「そ、それは最近、『mogami』の商品を狙った校内での盗難が多発しているって聞いてね。だから、俺が真相を探るために君たちに近づいたんだ」

 シュウが答え終わったあとに『何でも屋』が言った。

「それは僕が、人を雇ってやっていたことです。あなたを誘き寄せるために」
「それともう一つ、あの鉄骨はあなたが?」
「いや、違う。俺じゃない。それはこの『何でも屋』が……」

 この一瞬で、楠田はシュウとの間を一気に詰め、襟を掴み一瞬で足を払い、投げ技でシュウの体を鉄屑の入った鉄カゴに頭から投げ込んだ。

「私、盗みを働く人も嫌いだけど、一番嫌いなのは嘘をつく人だから」

 頭から鉄屑と一緒に鉄かごに入れられたシュウは気絶していた。そして、最後に立っていたのは、楠田と『何でも屋』だった。

「んじゃ、そろそろ先生が駆けつけてくると思うから、あとはよろしく」
「はぁ? なんで私が? というかこのままあんたを逃すと思うわけ?」
 楠田が『何でも屋』のことを掴もうとするも、紙一重で躱されてしまう。
「いやぁ、僕が残ってたら残ってたで色々面倒でしょ」
「まぁ、でも……一応、言っておくけど、助けてくれて……その……ありがとう」
「いいですよ。だって、今回はお互い様でしょ」
「ちょっと待ってお互い様って何? やっぱり、納得いかないんだけど、あんたのせいで、私とスーちゃんがどれほど傷ついたって……いなくなってるし、どこいったぁぁぁぁあ‼︎」
 
 この大声のお陰で、楠田が、先生に見つかるのが早くなったらしい話と、各先生に説明と説得に楠田が大変な思いをしたのはまた別の話。
  

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