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エッセイ『デタラメだもの』

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デタラメに生きる。デタラメに暮らす。薄暗い世の中をデタラメに生きるための処世術、バイブル。妄想まみれで日常を綴るエッセイです。
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2020年8月の記事一覧

目に見える世界がすべてじゃない。むしろ、見ていない景色にこそ、広大な世界が広がっているから、思い込みは禁物。『デタラメだもの』

年齢を重ねれば重ねるほど、知っている世界がすべてだと思いこんでしまいがちだ。世界は自分が見ているフォルムで形成されていると思い込み、それ以外の世界はインターネットやテレビの中だけの出来事。そう錯覚してしまう。 広告の仕事をしていると、インターネット上にスポンサーが希望する広告を配信するお手伝いをしたりもする。インターネットとは凄まじいもので、広告が何回閲覧されただとか、何回クリックされただとかが、詳細に記録される。お手伝いする側としても、勝ち負けがハッキリと出る、ジビアな世

料理が苦手だと主張する人は、なぜに料理が苦手なのかを深堀りした結果、レシピ解説に潜む落とし穴に気づいた。『デタラメだもの』

今日中に物語の発想を創出せねば締切に間に合わないやん、どうするのん、と思考をグルグルと巡らせていると、「そういえばなぜ、世の中には料理ができないと主張する人がいるのかしらん?」という疑問が芽生えてしまった。疑問が生じたからには、これを考え、煮詰めない手はない。 皆さん、インターネットというものをご存知だろうか。インターネットと呼ばれる世界にはたくさんの情報があるとされているが、言い換えてみればそれは、たくさんの先生が存在することを意味する。 試しに、「かぶと 折り方」と検

食べたいものを答えるという自己主張。これは決してわがままなんかじゃなく、相手への配慮だということに気づく。『デタラメだもの』

目上の方から、「飯でも食いに行くか。何が食いたい?」などと問われる機会があったとする。接待を受ける立場になったとして、「何か食べたいものはありますか?」と尋ねられたとする。 そんな折、必ずといっていいほど、「なんでもいいっすよ!」と答えてきた人生。最近になって、その解がなんだか違うのでは? と勘づきはじめた。その気づきを、ひとまずは成長と呼びたいと思う。 言いぶんとしては、こうだ。言うても奢ってもらう立場。ご馳走してもらう立場。自分勝手な我儘は言えまい。他者に代金を支払っ

容姿を褒められれば嬉しいものだ。が、褒められ方によっては、屈折した感情を生んでしまうことも。『デタラメだもの』

他人から見た目を褒められて、悪い気を起こす人は少ないだろう。当然、悪く言われるよりは、良く言われたほうがいいに決まっている。たとえそこにお世辞の類が混ざっていたとしても、だ。 世間的に評価される見た目を持つ男女は、常日頃から、「タレントの誰それに似ていますね」などと持て囃される機会も多いだろう。今をときめく俳優、女優、芸能人、スポーツ選手などに例えられようもんなら、さぞかしその場も盛り上がるはずだ。 はて、自分の人生において、そのような機会があっただろうかと記憶を逡巡させ

絵を描くことが一切できない人間には、こんなにも壮絶なエピソードがあったりもする。『デタラメだもの』

それにしても絵の才能がない。才能というとおこがましいな。能力というべきか、絵を描くというプログラムが脳内に実装されていないと言わざるを得ないほどに絵が描けない。 誰もが描けるとされている国民的有名キャラクターの絵なども、まったくもって描けない。似てる似てないの問題どころか、どこかお化け的に仕上がるもんだから、周囲を恐怖のどん底に突き落としてしまう。それを見た者の多くは体調不良を起こし、きっと2~3日はまともな生活を送れない。 なぜ絵が描けないのか。そう、脳内で被写体のイメ