寺山修司との再会/「ローラ」「審判」鑑賞記

・「寺山修司映画祭2023」最終日となる5月23日、ラスト上映「実験映像集1」を観た。受動的な行為である映画鑑賞を超え出た体験(experience)を味わう。
・今年は寺山の没後40年にあたる。上映される映画はほとんど観たことがあるはずと思っていたが「実験映像集1」内の「ローラ」「審判」はスクリーンを前にしなければ鑑賞が成立しない。以下、ネタバレ(この言葉も使いたくない)である。
・「ローラ」は画面の中から女の出演者たちが観客を挑発する「客イジり」映画である。怒った男の観客の一人がピーナッツを投げつけ、スクリーンに乱入する。すると画面内の女たちに脱がされて裸にされてしまう。敗北感にまみれた男の観客は裸のまますごすごとスクリーンから現実の世界へ戻ってくる。男の観客を演じるのはのちに寺山の義理の弟となる森崎偏陸(へんりっく)だ。今回の上映でも偏陸さんは画面に飛び込み戻ってきた。
・「審判」はあらゆる場所に釘が打ち込まれる作品。画面の中では巨大な曲がった釘を背負った裸の男があてどない彷徨を続けている。映画の終盤、真っ白な画面が現れ、スクリーンの下に用意されたハンマーと釘が画面に打ち付けられる。ハンマーは客席にいる任意の誰かへと手渡されていく。私は偏陸さんよりハンマーを渡され、画面の前に立ち釘を打ち付けた。ハンマーが渡されなくとも、自ら席を立って釘を打ちに行っても良い。自分が動くか、あるいは動かされるか、またはその場にとどまり続けるか主体的な選択が求められる映画だ。釘はいつまで打ち続けられるのか。本数が決まっているのか、ばらまかれたすべての釘が板に打ち付けられるまで終わらないのかと思いがよぎったところで、エンドクレジットが現れる。ここにようやく「映画の終わり」が訪れる。
・没後40年を経ても寺山の実験映画が正しく上映されている事実に感銘を受けた。河原温が日付絵画を描く際、12時を越えた作品は自ら破棄していた逸話を思い起こさせる。こっそりと描いてもバレないのだろうが、それは自らや作品への裏切りとなる。
・寺山修司の実験映像は2000年はじめに、新宿ツタヤのレンタルビデオで借りダビングした。2時間テープを3倍モードにすると6巻分の映像が収まった。1週間の返却期限に間に合わず、ダビングしたビデオを一度通して観た記憶がある(本当に一度しか観ていないはずだ)。何度も再生されたのか、原本のテープにはあらかじめ磁気ノイズが入っていた。全6巻から成る「寺山修司実験映像ワールド」は寺山の没後10年となる1993年に作られた。片山杜秀がどこかで理由はどうであれ佐村河内守は、平成年間でもっともCDが売れ、もっとも日本人に聴かれた交響曲であると書いていた記憶がある。ならば寺山修司の一連の作品は日本でもっとも観られた実験映像/実験映画だろう(海外/世界でもそうかもしれない)。2000年代はじめ私が通ったあるレンタルビデオ店には、イメージフォーラムが作った若松孝二の全10巻VHSも並んでいた。特段マニアックな品揃えを用意していた店でもないのだが、90年代の社会にはこういうアンダーグラウンドなアイテムを生み出す土壌や猶予があったのだと思う。
・「実験映像集1」には「青少年のための映画入門」もあった。3面マルチの上映で、放尿など覚えているシーンもあった。一度しか観ていない作品でも覚えているものだと驚く。あるいは、この作品は有名なのでどこかの美術館で再見したのか。
・今から10年前、2013年の寺山没後30年で関連書籍がいくつか出た。それらは未読のまま本棚にささったままだ。確か『図書新聞』で松江哲明が寺山について書いていた記憶がある。日本映画学校へ入学し、短い映像を撮ってくる最初の課題で、寺山の影響を受けたと思しき作品が大量にあった話を書いていたと思う。寺山は容易に影響を与え、模倣も可能なものだ。ひとまず顔を白く塗れば寺山的足りうるだろう。映画館で客席を立ち画面に釘を打つような一歩こそが端緒なのだ。
・寺山の映画のモチーフや対比は都会と田舎、社会の撹乱など実に簡明だ。スクリーンを模した白い板に釘を打ち付ける行為など象徴的なものだろう。これまで寺山の表現は「私的」なものだと思っていたが、20年ぶりに見返した実験映画はかなり「公的」なものだった。寺山の文法や手法がきっちりと浮かび上がっている。私的なものこそ公的である繋がりの発見でもあった。寺山に出会い直す契機はどこにでもあるのだと気付かされた。
・もう一つ寺山の実験映画には古めかしい中国の歌謡曲が多く用いられていた。中にはタイと思しき音楽もあった。これら音楽が用いられたのは担当の田中未知の手によるものなのか。今、私はアジア圏の音楽、伝統音楽のようなものより、かつてラジオから流れてきたような大衆音楽を好んで聴いているが、この興味のルーツは寺山の実験映画にあったかもしれない。

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