「中央公論」上京対談企画ノート

『中央公論』(中央公論新社)2023年6月号で岡崎武志さんと速水健朗さんの対談「上京物語の変遷」を構成した。記事の一部はウェブにアップされている。

1964年生まれの岡崎さん、1973年生まれの速水さん、1982年生まれの構成者の私と、ちょうど世代がばらける形となったが、上京は共通体験として存在している。それは対談中でも出てくる「バーチャル」な感覚が大きい。東北出身者でなくとも上野駅に降り立つ体験を味わえるように、小説、映画、音楽などを通して上京を追体験している。私が触れてきたいくつかの上京作品を紹介したい。

・村上龍『村上龍映画小説集』
上京後の彷徨う日々を記した自伝的連作短編で、それぞれに映画の題目が付いている。時系列で言えば「69」と「限りなく透明に近いブルー」の間にあたる。この作品のファンはけっこう多いのではないか。美大進学を目指し予備校に通う口実を付け仕送りを貰いつつ、吉祥寺のアパートに住み込んでいる。当初は地元の仲間たちでミュージシャンを目指していたようだ。私はかつて出版社で雑誌編集者をしていたが同じ境遇を経験した同僚がいた。彼は北海道からプロを目指して仲間とともに上京した。まわりの熱に比して彼はプロになれるとは微塵も思っていなかったという。

・岩井俊二『四月物語』
大学進学のため北海道から上京する卯月(松たか子)。引越し先は東京郊外の武蔵野だ。昔の作品なのでネタバレしても良いだろうが、上京の理由は憧れの先輩を追いかけてのもの。先日YouTube上で無料公開がなされており見返した。公開年は1998年なので、ちょうど25年、四半世紀前の大学生の姿が描かれている。卯月はポケベルや携帯電話も持っていないので時代設定はもう少し古いかもしれない。卯月がひとり暮らしをする物件はボロい公団住宅のような場所だ。25年前にはこういう光景もあったのかなとも思う。1998年公開の熊切和嘉『鬼畜大宴会』は大阪芸術大学の卒業制作だが、作中に出てくる90年代の大阪のボロアパートは60~70年代と地続きだった。この時期の東京にはレトロやモダンのモチーフとして現在も人気が高い同潤会アパートがいくつかの場所にまだあった。やはり四半世紀の変化は大きい。

・千原兄弟「ナニワニアンズ」
ライブビデオ「PINK」所収のコント。設定はレコード会社。送られてくるデモテープの束を処分しようとするせいじを引き止めたジュニアが気まぐれで1本を選び再生する。ナニワニアンズを名乗る自称ミュージシャンが「大阪は夢を叶えるには小さい場所。でっかい東京へ行く」と思いを歌にする(声はジュニア)。そこに2人がツッコミを入れていく。今はなき新宿のツタヤで借り、かなり笑った記憶がある。本作はDVD化がなされておらず、今調べるとVHSは1万円以上のプレミア価格がついていた。広く知られて欲しい隠れた名作だ。

・ナインティナインと上京
対談中では方言にまつわる話が出てくる。いまやテレビでは関西弁が聞こえてこない日はない。私がもっとも耳にした関西弁は、30年近く聴いている『ナインティナインのオールナイトニッポン』(ニッポン放送系)の岡村隆史の言葉だろう。途中、5年ほど岡村単独放送になったが、この番組の流れが、岡村が矢部浩之に近況報告を兼ねてフリートークを行うので岡村が話す割合が多くなる。ナイナイは上京後、家を探す暇もなく働いておりホテル暮らしを余儀なくされた。コンビでツインベッドの1部屋に押し込まれ、かなりのストレスを抱えていた。この時期、岡村には身の回りの世話を焼いてくれるファンの女性がおり、引っ越しの手伝いもしてくれた。ところが女性がすべて2つずつ皿やコップを用意していくのが怖くなった岡村は彼女を追い出してしまったという。

・シャ乱Q『上・京・物・語』
バンドの名前はかなり早い段階から認知していたように思う。実家はNHKのBS2が映り、シャ乱Qが『ラーメン大好き小池さんの唄』を披露していた記憶がある。同じ番組には女性のひとりテクノミュージシャンである大正九年も出ていた。今、Wikipediaを調べるとこの番組は『BSヤングバトル』というNHK版「いか天」を目指した企画だったようだ。大正九年出演時はドリアン助川が司会をしていた記憶がある。この時期のBS-2は平日深夜に『真夜中の王国』という若者向けの情報番組(よりヤング色、カルチャー色の強い『トゥナイト2』のようなイメージだろう)が存在しており、よく観ていた。「オールナイトニッポン」同様に全国ネットでフラットに届けられる番組と、その地域でしか観られない番組の差異も興味深いトピックだ。岩手県出身の友人の話だと、テレビ東京系列の放送局がないため『新世紀エヴァンゲリオン』や『浅草橋ヤング洋品店/ASAYAN』は深夜に放送されていたという。双方ともに深夜のテイストが似合う番組であるし「エヴァ」は深夜の一挙再放送からブームが起こっている。つんく♂プロデュースのモーニング娘。の快進撃を通常放送される日曜夜9時でなく、地方で本放送から数週間遅れで深夜に眺めるのかは大きな違いがあるだろう。私はかつてAMラジオのハガキ職人をしていたのだが、福岡に住んでいた人の話だと『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』(日本テレビ系)は90年代末は土曜夕方に流れていたという。そうなるとザ・ハイロウズの『日曜日よりの使者』のモデルは「ガキの使い」の松本人志という話が無限にズレてゆく。桜=卒業式or入学式のイメージも日本全国に当てはまるものではない。日本の中にあっても細部に拘泥してゆけば、こういう矛盾やツッコミは無限に生ずるものだが、シャ乱Qの『上・京・物・語』はそれを逃れ、架空の共通体験を浮き彫りにする。曲の内容は大阪に恋人を残す「僕」が東京で夢を叶えて君を迎えにいくものだが、その夢は「ミュージシャン」に限定されていない。モー娘。の一連の楽曲もそうだが、つんく♂の作り上げる世界は誰にでも代入、共感可能なものだ。細部を無視しながら雑ではない。それは歌謡曲・演歌的な想像力でもあるのだが、つんく♂のセンスはきちっと時代相応にアップデートされている。なおかつ時代と完全に寄り添そおうとしない天邪鬼なズレも好ましい。

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