【短編小説】自治少年VS奔放絵師

※この物語は当然フィクションです。実在する人物団体などとは一切関係ありません。なお作品は有料設定ありますが最後まで読めます。後書きという駄文も読みたい方はよろしくです。

※注意。今回は多少過激な発言が目立ちますので、そういうのが苦手な方も注意してください。

始まり

長らくVtuber(バーチャルユーチューバーの略称)を見てきた少年がいた。高校入学時に購入してもらったスマホで、好みのVtuberの配信・動画を追い、SNSの記述を睡眠以外毎時確認したりと熱狂的なハマり込みだった。

進学校の高校2年生になってもVtuberが好きで、次第に悪化する成績に少年はイライラしていた。今でも授業に何も付いていけてない有様で、睡眠不足で集中力が喪失し、Vtuberで時間を盗られ、混迷の極みに達している。

そんなある日。登録者500人程度の個人Vtuber『爛藍琉迂』のデザインが気に入ったとして、同人界隈の有名絵師が毎日投稿をし始めた。10年は同人誌で食っていると豪語するその絵師によって知名度は瞬く間に上昇し、元々のポテンシャルはあっても知名度のなさで埋もれていた爛藍は登録者数を一気に5000人伸ばすことに成功する。

推しである爛藍が人気になって少年の心は嬉しさと同時に、同人絵師への嫉妬心が募った。あらゆる筋を伝って同人絵師の素性を探り、数々の人気版権同人誌界隈を渡り歩いて稼ぎ倒してきた【同人イナゴ】と揶揄される存在だと突き止めた。

少年は血気盛んで、深夜で、嫉妬が募っていたために絵師にDMを送り付ける。「今すぐ話したいことがあります」と丁寧で攻撃性を孕んだ文面に、絵師は軽く『いいよ。何かな少年』と返してきた。深夜1時。唐突に決戦は始まる。

「まず、俺の推しの絵を描いてくれてありがとうございます」
『そいつはどうも。』
「でも何が狙いなんです?」
『?』

すっ呆けやがってと少年は舌打ちし、一気に攻めに転じた。

「俺の推しの絵を連投して、推しに恩を売りたいってのは何となく読めるんです。そういう見返りを求めた連投だってわかるんです」

暫く待って返信が来る。

『ご明察。でも誤解してる部分もあるな。俺は恩を売るではなく、WINWINの関係を築きたいと思ってやったことなんだよ』
「WINWIN?」
『いきなり俺に【見返り】だの失礼なことぶちかますってことはさ、俺のこと少しは調べたんだろ。大方、数々の人気版権絵を描いて小銭稼ぎをしてきた同人イナゴ。だから俺をいきなり馬鹿にするような喧嘩口調だ。違うか』
「そうです」
『素直な子だ、そういう子は話が速い。腹の探り合いなんかしたってしょうがないから、言いたいこと言い合っちまおうぜ』

余裕な大人の応対に少年は面食らった。【同人イナゴは人格破綻者】が多いなどという誹謗中傷も真に受けてしまっているため、いきなり牙を剥いて襲い掛かるかブロックして晒すかと考えていたのだ。だがそんな大人の対応になだめられるわけもなく、深夜のテンションで少年の頭がヒートアップ。

「俺は推しが悲しむ顔を見たくない。推しだって、こんな風に一気に有名になって迷惑していると思うんだ! 1年以上見てきた俺からすればそれは間違いない!!」
『ほほー。しかし君の推しのデザインを俺は可愛いと思っているし、その子の声は可愛いと思う。配信も2つだけ見たけど、……いや、配信は微妙だったな。だが気に入っているからこそ、30枚も描いたんだ』
「配信は面白かったじゃないか!」
『それは君の感想の押し付けだよ。俺はつまらなかった』

「じゃあ、俺の推しの見た目と声だけが好きだっていうのか?! 俺は推しの性格も、中身も好きだと思っているのに!」

興奮して眠る選択肢がない。これは長丁場になると少年は思っていた。

エスパー

『そうだよ、そのままの意味さ。君の推しである爛藍ちゃんの見た目と声は好きだ。だから絵を描いたし、それで君の推しはファンが増えて、俺は彼女の同人誌を出す予定だ。きっと売れる』
「貴方には愛がないんですか!!?」
『愛だけで飯が食えるならもっと愛を注ぐよ』
「彼女を飯のタネにしか思っていないのですか!?」
『可愛い飯のタネって思うのは駄目かい?』

軽くいなされてばかりで少年は顔を思い切り歪ませる。だが相手に愛など欠片もないと分かって少年は安堵した。これで攻めきれると思ったのだ。

「お金目的で彼女を推したのは最低だと思うんです!! そんなの彼女が望んじゃいない!!」
君は高校卒業したらエスパーになろうか。何せ君の推しの気持ちを、推しに聞かずに全部代弁出来る程心が読めるのだから。きっとそれだけで一生食っていけるかもしれない』
「貴方みたいに酷い奴が推しに近づくだけで俺は耐えきれない!! 今すぐ離れてくれ!!」
『いいかい少年。推しを大事に思う気持ちは分かるが……君が俺にとやかく言うのを推しはどう思うんだい? それは読めなかった?』
「きっと喜んでくれる!!」

防戦一方の相手に憤然と挑みかかる少年だったが……その流れは一気に変わる。

『お目出度い奴だな。お前みたいに自治で自尊心守っている奴がファンで彼女は【多分】可哀想だ。俺みたいに有益な奴が近づいたとしても、雇ってもいない番犬気取りで守る名目掲げて、誰彼構わず噛みついて推しを困らせていることにも気付かずに「推しの平和を守った。俺は正義にいる」なんて馬鹿みたいなこと言ってんだよな』
「なんだと……それは推しを馬鹿にしているのか!?」
『爛藍ちゃんを引き合いに出さなきゃ喧嘩の一つも出来ねえ奴が、彼女の気持ちを代弁して突っかかって来るんだ、これほど迷惑な奴もいないわ。お前は推しを推す自分に誇りをもって生きているだけの自治厨だよ。推す対象が貶められたら全力で叩きに行くし、それが正論でも有益でも叩きに行く。【個人的に気に入らない】って素直に言え。彼女が嫌がっているだの、彼女の気持ちを考えろだの好き勝手言うけどさ。所詮俺たちは他人さ。他人の心の奥なんて見えねえんだ。なのにお前は恥知らずに見えるなんてほざくから失笑もんだよなあ』

数字

わなわなと震える少年は枕を壁に叩きつけて、肩で息をし始めた。そんなはずはないと否定する。

「そんなことはない!! 彼女はいつも俺たちとのリプやいいねに感謝していた!! 迷惑だなんて思うはずがないんだ!!」
『【はずがない】ってなんだ? 何か、確証でもあるのか?』
「絆だよ、1年積んできた僕らファンとの絆だ、想いの力だ!! 過去の配信で僕らは沢山コメントもして盛り上げて来たんだ!! お前みたいにぽっと出の絵師が僕らを笑うなんて許される事じゃない!!」
『ああ。再生数100にも満たない配信を必死に守ってきただけの絆ね。始めて1カ月のVtuberならそれでもいいかもしれんが、彼女もう1年以上配信しているんだろ? なのにここ最近の数字はどれも100いかない。俺が描き始めた辺りから次第に注目され始めて、良い所、悪い所を改善していったんじゃないか』

数字で絆を語られた少年はスマホを投げ飛ばした。1年の絆が数字で語られたことへの怒りは最大火力をもたらす。

「お前それDM外で言ったら炎上するじゃねえか!!」
『するねえ』
何が数字だ、そんなもん無くたって、彼女は楽しく活動出来る!! 数字なんて飾りだって、そんなものに振り回されるなって有識者全員がそう言っているんだ!! 彼女だってきっとそう思っている!!
『へ~。そうなの』
「何がおかしいんだよ?」

せせら笑うような文言に噛みつきたい衝動を抑えながら返信を待つ。少年が見たのは長文だった。

数字が全てだよ少年。同人誌が1部しか売れないのと、1000部売れたんじゃあどっちが嬉しい?? 時給3円と時給900円じゃあどっちが嬉しい?? テストの点数が10点と100点だったらどっちが嬉しい?? 迂遠な言い方を避けるとなア』
『再生数100未満と3000じゃあ当然やる気上がるのは3000だ。登録者500人で1年間減りも増えもしねえのと、本人の力だけでなくても4500人一気に増えるのとじゃあどっちが嬉しいか少年。俺なら全部増える方が嬉しいわ』
俺は売れなきゃ楽しいも何もない。1部しか売れないなら別の仕事を探すよ。時給だって多い程生活も楽になるしファン活動もし易くなるだろう? テストの点数だって高い方が文句言われない。再生数や登録者数は多い程お祝いしやすいんだよ』
『数字に囚われるなってそれ有識者……有識者って何? 毎日配信して苦しんで、100未満の再生数でももがいて頑張ったりしているのかい? それとも1万人なんか余裕で超えるノウハウ持っているのかい? 綺麗事を並べていい顔したいだけの連中じゃないのか? そいつら君の推しに金でも落としてくれるの? 再生数を伸ばしてくれるの? 登録者数を増やしてくれるのかい? 何か有益なこともたらしてくれたのかい?
『違うだろう。そいつらは自治厨の究極体だよ。自分の推しを守るんじゃあなくて、自分の知識の庭を守り治めたいだけの自己満足者さ』
【俺は】。そう思っている

長い長い文面に少年は頭を押さえた。出来るなら血涙を流したいとも。何故か。絵師の言うことは炎上必至の暴論だが、間違ったことは言っていないからだ。絆を馬鹿にするのは彼の意見。数字を大事にするのは彼の意見。1個人の感想であり、それを否定するだけの知識も実力も、今の少年にはない。

対して自分は何だろうか。こんな深夜に喧嘩を売りつけて、のらりくらり躱された挙句に推しの名を出して敗北する惨めさ。人として最低だと少年は考えていた。相手は決して許してはいけないとも思っていた。だが彼の言い分もわかってしまうことがたまらなく悔しかった。

爛藍は今年末までに登録者数2000人いかなければ、引退するという配信もしていた。どうにか伸ばしたいという思いはあっても出来ずにいた。それはファンである彼らだけで何とかして上げたかった。しかし実際は、金の亡者の飯のタネにされてあっさり解決してしまい、ファンとの絆など何だったのだと否定された気になったのが、心底我慢ならなかった。

【俺】の意見

「あんたは……いや……俺はあんたを否定する。【俺が】否定する。推しに近づくな。お前みたいな奴がいるからVtuber界隈はいつまでも燃え盛るんだ」
『今度は界隈を主語にしようとしていないか?』
「俺の意見だ」
『それは尊重されるべきだね。
攻撃的だから本来ブロックしたいが、君が少年だからそれはしないよ』

少年は大きく深呼吸した。

「数字で語るな」
『どうして?』
「1年間という積み重ねは数字で推し量れない」
『そうかもしれないね』
「馬鹿にしているのか? さっきまで散々数字が全てと言ったのに」
『それは俺の意見だからさ。世間一般は違う。数字が全てじゃないって9割は言ってくるだろうよ。そういう世界も良いと思うよ、平和で愛おしくて。でも俺は数字だと思うだけなんだ俺の意見を捻じ曲げようとするな少年。俺はこういう生き方で10年以上生きて来たんだ。今更変わるとしたら劇的な事でも起こらなきゃあ無理だね。……第一さ』
「なんだ?」
『俺は君の推しに迷惑かけてないだろう?』

少年の中で膨らみ、先程ようやく張り詰めさせた建前が、空気の抜ける風船のようにシュルシュルと消えていく。

「え……だって、お前は嫌な奴で……俺の推しを飯のタネだといって……有識者たちを馬鹿にした、再生数だって馬鹿にしたじゃないか!」
『それは俺の意見を君にぶつけただけじゃあないか。
あのなあ少年、少し冷静さを取り戻したようだから言っておく』
例えば俺が君の推しの名誉を傷つけるような行為、デマの流布とか、ないしは不適切な絵を描いて炎上焚きつけて君らの配信に性根の腐ったファンを乱造したなら、俺は君らに土下座して詫びていた。俺は君から見て嫌な奴だが、そういう他人を勝手に傷つけて知らん顔するほど恥知らずじゃない』
『飯のタネは本当だ。彼女を俺の絵で多少なりとも伸ばして同人誌を売ろうという計画も本当。しかしそれも限度がある。そんなブーストは彼女の人気がなければ一瞬で終わる。だが君の推しの配信には沢山のファンが1カ月経っても残っている。それは紛れもなく彼女の力だ。これからもお世話になるだろう』
『有識者はいつも見ているが、大体が綺麗事だった。それ以外の有識者にもあってみたいもんだが、大体は広く雄大で平和なVtuber界隈を守りたいって奴だった。守るのは結構だけど、【俺は】彼らを味方にしても飯のタネにならないと思っている
『再生数に関しては知名度の問題もあるよ。Vtuber増えすぎて飽和状態なんだ。企業勢以外も追いたくても、企業だけで人数がキャパオーバーしているのが今なんだよ。俺は企業も飯のタネにしたかったが、あっちはパイが多くて接戦でな。まだ名の売れていない子が都合よかったんだ』
『分かるか少年。まとめるとな。俺は実際数字至上主義の嫌な奴で、金の亡者で、同人イナゴで、君の推しにも金目当てで近付き、知名度と労働力を彼女に献上して見返りに同人誌で金を得ようとしている

少年は息が整い、次第に思考もクリアになっていく。彼は確かに最低だ。だが実害がない。実際推しは炎上していない。ファンが激増して迷惑を被っていると勝手に思い込んだのは少年だ。同人イナゴなどという偏見で相手に突っかかったのも少年だ。大人の余裕を持った対応にイライラしたのは、少年自身の嫉妬心が原因だ。

寧ろ深夜遅くにDMして迷惑かけた挙句喚き散らしても、長文を交えて持論で冷静に戦い続けた相手に申し訳なさも感じ始めている。

だが悪じゃあない。実際彼女はファンアートに高評価を付けてくれるし、俺に感謝してくれもした。サムネイルに採用されたのも1度や2度じゃあない。数々の人気版権に手を出し続けて10年以上、俺は同人イナゴなんて蔑称賜ったわけだが、流れ流れてこのVtuber界隈は本当にヤバい。二次創作したら本人から感謝が飛んでくる。今までは公式のお目溢し、グレーゾーンでやってきた俺だが、何だか日の目をようやく見た気分なんだ。壁サークルで頑張っていた時に同人イナゴなんて騒がれて不快な気分になっていたもんだが、ここじゃあそんなこと言われそうにない。どれだけの絵師がこの界隈に救われたと思っている?? 君ら、俺からしたら数字を気にしない非リアリストが、絆や温かさ何て目に見えないものでこの界隈を守ってきたから今があるんだ。そこは大いに感謝している

少年は涙を零した。

絵師は絆を数字で否定した。だがその絆が紡いだ結果を評価したのだ。結果的に金儲けの事を考えるような人間であること以外、少年は彼への怒りはもうなかった。

「すみません。ごめんなさい。俺、あんたが、貴方が羨ましかった。凄い絵で推しの心を掴んでいって、ファンも伸ばしてくれる救世主で。俺は学生だしクレジットカードもモテないし、絵も描けないから応援も出来なくて、だから羨ましかったんだ。1年経っても何にもしてやれなかった推しに、貢献してトップファンになるのが。これまでの非礼の数々をお詫びします」
『そうかい、俺の事を少しわかってくれてありがとうよ。いつ投げ出してブロックするかもしれんと思っていたら、最後まで付き合ってくれたのには感謝するわ。なあ少年、絵はな、見てもらうほどに上達する。今は無理でもいつかは描けるようになる。お前さんは学生なら、今はスパチャ出来ん。ファンアートも時間がかかるが、まずはテストとかで良い点とりな
「え? 何で」
『やってみろ。そしたらわかる。良い夜だった少年。良い夢見ろよ』

最後に残した言葉を少年は理解出来ずに眠りについた。

推しの言葉

中間試験。進学校の試験内容に少年は追いついていた。あれから夜眠るようにし、出来るだけ勉強に絞って頑張り、推しの配信は必ず見て、ひたすらに勉強したのだ。そして試験結果は、5科目で453点。とても嬉しかった。

少年は嬉しさを母に父に、そしてツイートで名前を隠し、点数を写真に収めてSNSに投稿した。

『凄い! 私が学生の時こんなの取れなかった! おめでとう〇〇君! よく頑張ったね、えらいよー!』

少年は天にも昇る心地だった。舞い上がってリプを返す。

「ありがとう爛藍! 俺、自分に自信を持ちたくて頑張ったんだ!! 爛藍に笑ってほしくて頑張ったんだ、いつも頑張って俺たちに笑顔届けてくれる爛藍のために、俺やったよ、頑張ったんだ!!」
『うれしいぃ!! 末は政治家かな? 私も最近忙しくて目が回りそうだったけど、〇〇君に元気滅茶苦茶もらっちゃった!! ありがとう!』

迷いはない。視界良好。少年は推しに元気という形にも数字にもとらわれない大切なものを贈りこめた……と、彼自身思っていた。そう、推しの気持ちは100%分からない。だが今だけは自分を本気で褒めてくれたんだと少年は思いこむことにしたのだ。

「今日も俺の推しが可愛い」

それだけで少年の心は満たされていた。

(了)

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