【短編小説】守りたかったモノ

強く優しく

 12度目の騎士入門試験に落ちた。グレイは茫然自失で、後ろ指をさされて嘲笑される日々を延々と過ごし、それでも騎士になりたいと思って精進していた。彼自身の中に知識と戦闘技能があっても、土壇場の胆力も勇気もなく、また蓄えた知識も年月とともにアップデートされるべきをしていないのであれば、受かるはずもなかった。

 しかしグレイは求めていた。栄光の騎士を。婚期を逃し、このままでは何者にもなれずに終わる自分を一新させる出来事を。騎士になれば、羨望の眼差しも、声望も得ることが出来る。彼は本気でそう考えていた。実際は、声望や羨望を向けられる行動を伴う者こそ騎士になれるという事実に目を背けて。 

 だが、夢は閉ざされた。いつも通り帰ろうとするグレイに、騎士団長から直接「君に騎士は無理だ。次回から君は試験参加を認めない」と追放宣言をされたのだ。死すら考えたグレイだが、自死を選ぶ勇気など彼にはなく、当てのない旅を始めた。

 世界は魔と闇を含んだ風に蝕まれていて、風から現れる魔物たちに人々は苦しめられていた。行く先々で、グレイは滅ぼされた町や村も発見し、遺体や遺品などに思いを馳せた。そうして旅を続けている中、彼は自分の求める場所に辿り着く。

 そこは新たに村を造ろうと集まる人々で活気づいていた。森に小川に窪地など、生活するに不足のない場所。彼らはやる気があっても、素人であり、小屋1つ建てただけで歓声を上げている。

 グレイは、騎士試験の中にある即席の小屋の建て方を応用して、それを村人に教えて回った。彼らはグレイを称賛し、感謝をし、羨望の眼差しを向けた。更に村落に吹いた風が低級魔物を呼び寄せたとき、軽くいなして見せたのもあって「この人は凄い」と村人は喜んだ。

 グレイはこれに気をよくして、この村にとどまることを選んだ。こここそが自分の居場所と信じて。

抵抗と守護

 何も問題なく2カ月過ぎた頃。村人たち100人の内30人は戦いの技術をグレイから学び、若い力による活気が更についていた。グレイは変わらず村の希望であり、導き手であった。知りうる限りの知識を披露すれば、それを有難がってくれる快感に身震いしている。彼にとって今は人生の絶頂期であり、彼に求愛をする者も多くいた。

 そんな日々に異変が起きた。風向きが変わったのだ。世界を巡る風は、その濃さや密度を変えて吹いている。比較的濃度が薄く、闇の密度も低い風ばかり着ていた村に、若干色味が増えた風が吹き荒れた。

 襲い掛かってくる低級に混じり、中級の魔物も現れるようになる。グレイは、最初は自分の知識で応戦していたものの、苦戦の連戦で民兵は疲弊していき、4度目の襲撃で2人も死者を出してしまった。いずれも将来ある若者だった。

 誰もグレイを恨んではいなかった。これも運命だと、風の導きだと。しかし彼の胸中は違った。焦りに心が乱されていた。

「私は知っている。心の奥底では、誰もが私への信頼を失墜させているのを知っているんだ。負けるわけにはいかない。私の持てる限りの知識で貢献しなければ愛想をつかされるだろう。この居場所すらも無くなるだろう」

 彼の中にあった鮮烈な自分が侵されつつある今を、風を、彼は怨んだ。この日々を守ってやると心に誓うのだった。

恐れと虚勢

 空模様が安定しない。水汲みに行った女性が、無惨にも魔物に殺された。100人いた村民は87人に減っていた。減ったものの大半は民兵であり、補充として何人か入れても実戦では何の役にも立たない。グレイへの感謝と自分たちのふがいなさを村民は抱いていたが、当のグレイは苛立ちばかりが募っていた。

「何故勝てないんだ? この兵法で合っているはずなんだ。武器だって備蓄だってあるんだ。なのに何故勝てないんだ」

 グレイの兵法は数年前のもので、今は洗練されたものが使われている。古いのだ。だが彼は意地でもそれを認めない。自分の知恵だけがこの場を制するのだと知っている。知恵を絞らない自分に価値などないと思っている。

 だがそれは心から村民の役に立ちたいという気持ちではない。居場所を守るためのことでしかない。死んだ13人には何の意味も価値も見出さない。

 そうした絶望的安寧が過ぎていく中、村に来客が現れる。伝令騎士だ。

「魔術師によれば、明後日。この地域に死風が吹き荒れる。最低でも中級で上級も現れるだろう。どうか避難をしてほしい」

 強い魔物を呼び寄せる、死風。別名、国滅ぼしの風。グレイ独りで対処できる代物では決してなく、村人も恐怖に顔を歪ませた。死風が吹き荒れたら最後、あとには廃墟だけが残る。居場所を失うのだ。

「私たちも王国の守護をしなければならない。しかし、金貨10枚を上納すれば、王は騎士3人を当日派遣しよう。それで必ず村は守れる」

 だが、そんな風を打ち破る文武両道の鬼たちが、総称【騎士】である。中級相手には無敗を誇る騎士が3人集まれば、死風も9割方防ぐことが出来るのだ。村民は金貨10枚と言う、なんとか払える高額にざわめく。

「冗談ではない。騎士3人? 私の力などなくても守りぬけるではないか。いやだ。私の居場所をとるな……!!!!」

 自分がなれなかった騎士の地位。自分の居場所を見つけたとたん、これでは浮かばれないではないか。グレイは、嫉妬と憤怒の目を騎士に向けていたが、騎士はこれを直視しても何の感慨も抱かなかった。

「グレイ。君の噂は聞いている。君では無理だ。ここは大人しく」
「引き下がらない……!! 余計なお世話だ!! 金貨10枚だと!? バカげたことを抜かすな!!! ここは我らの村だ!!! 我らで守る、騎士の手など借りない、私がいる、グレイがいるんだ!!! そうだろう皆!!!!」

 グレイは村人を扇動する。騎士はそれを止めずに冷ややかな目を向けていた。村人はやる気を出した。1人の若者が、それに水を差す。

「おかしいですよ!! 村を守りたいなら、払ってでも守るべきだ!! グレイさんだけで無理ならみんなで力を合わせましょう!! 逃げるなら全力で逃げましょうよ!! 村はまた再興できる!! だって低級と中級だけでも人が死んでいるのに、上級だって? そんなの無理です!!」

 村の補充兵キールが叫ぶ。彼の母は水汲みの際に死んだ。才覚ある若者で頭角を現していたが、その成長度はグレイを大きく上回っており、あと数カ月もすれば村の柱になるだろう。グレイにとって、自分の地位を脅かす危険人物であった。

「黙れキール、君はまだ子供だからわからないかもしれないが、金貨10枚は大金だ!! ここに、貧乏な場所でも恵みを与えた大人の、私、グレイがいるんだ。騎士が見向きもしなかった土地に住む者に、恵みを!!! その恩人は誰だ!! キール、誰だ!!」
「恩人とか関係ないでしょう!! するべき行動、考えるべき事、決断しなければいけないことを、それぞれ判断しなければ全滅しちゃいます!!」

 グレイはキールを追放する宣言を下した。村人もそれに賛同した。キールはその無情に泣いた。騎士はキールを連れて、

「忠告はしたぞ」

 と言い残して去っていった。

新に恐れた者

 その夜。明日に迫った死風の前に、弱めの風が吹き荒れた。だが、その風には中級しかいなかった。大量の軍勢を前に村人は必死に抵抗したが、1人2人と声が上がって静かになっていく。20人。前夜祭で人が死んだ。グレイは昼と夜に受けていた屈辱を晴らすため、女性を連れ込んで楽しんでいた。

 まもなくこの居場所も消えるかもしれない恐怖をかき消すように溺れた。だがそんなグレイに羨望を向ける者など最早いなかった。

 散々焚きつけておいてこのざまでは滅びるだろう。村民は集会を執り行い、酒に酔っているグレイを糾弾し始めた。いくつもの聴きたくもない罵声の数々が、思考の停止した頭に響いて苛立たせる。煩わしいと思った頂点でグレイは剣を抜いた。

「誰が、この村の最高せんろくだ!! おれは、最高せん、りょく何だぞ!!! 俺がいなきゃあこの村も、とっくに滅んでいた!! こんな、貧乏な、女以外何にも楽しい物がない場所で、俺が、皆に、知識を、技術を、誰が与えちゃあってんだっての!!!!! なんで、俺ばかり攻めるんだよ!!! 誰が俺の鎧を貫けるんだ、だれがあ、俺の剣に勝てるんだ?? なあ、ほら、剣だぞ、おい」

 村人の喉元近くにまで突きつける剣。恐怖する村人たちは彼の本性を知ったとたん、彼に抱いていた全ての虚像が消えてしまった。

「キールがいなければお前らなんか、誰も、俺に、勝てないだろ!! でてけ、俺のいう事の利けない奴は、この村から出ていけ!!! 俺はここで王様になれるなら守ってやるから!!! お前ら全員を守るから!!!

 村人たちは皆、逃げる準備を進めた。まともに歩けないグレイは剣を杖代わりに出ていく者たちを罵って回る。だが誰も彼の言葉を聞かなかった。虚飾の王は人心を握ったつもりでいたが。結局夜が明けて絶望を知るまで、ただの夢でしかないことを悟った。

 伝令騎士が、軽蔑の眼差しを向けてグレイの前に現れた。

「逃げた村民の内生還者は僅か20人。風が来たんだ。無防備な人々は食い散らかされ、我らが行った時には既に地獄絵図だった。折角キールが「私の腕を切ってでも行ってくれ」と、進言してくれたのにな」

 騎士は馬から降りると、背中にあった斬馬刀を抜いた。グレイは青ざめたが、騎士の目は憤怒に満ちていた。

「団長は。優しかった。お前のような奴にも等しくチャンスをやって、どうにかしようと努めていた。本来は10回までの試験を、2回も増やしてくれていた。全てを徒労にした」

 斬馬刀のきらめきが何を切るか。グレイは後退っていくが、騎士は寄る。

「グレイ。お前はただの屑だ。力なき者を守る騎士を騙るだけで、我らの名誉を傷つける悪だ。守るべき者に剣を向け、脅し、支配しようとするだけではなく、己の弱い部分を一切認めようともしない、顧みることもない屑だ。生きているだけで。息をするだけで」

「おお、俺は!!! 俺は、守りたかったんだ!! ここを、皆を、まも」

 一閃。グレイの首、腕、足、全てが宙を舞った。

「……存在するだけで虫唾が走る。お前なんか最初からいなかった。そう、団長には伝えておくよ」

 その一部始終を、キールは見ていた。騎士がキールの頭に手を置き、ああはなるなよと言い聞かせる。

「守るべきものとアイツは最期に言っていた。その中心には自分しかいないんだ。自分を崇め奉り、自分の気持ちいい居場所を守るためなら平気で人を貶める。君のように、存在価値を脅かすものは排除する。そういう人間だった。誠心誠意。これなくして、何が騎士か」

 将来有望な若者キールを連れて、騎士は王城へとひた走っていった。

サポート1人を1億回繰り返せば音霧カナタは仕事を辞めて日本温泉巡りの旅に行こうかなとか考えてるそうです。そういう奴なので1億人に到達するまではサポート1人増える度に死に物狂いで頑張ります。