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【短編小説】出戻り転生

 イジメを苦に自殺を図り、死ぬ寸前に異世界に飛ばされ、神様的な存在から結構強い力を貰って、異世界に来て早々僕は町一つ救うことが出来た。旅の道すがら仲間も増えた。奴隷や貴族、人外魔族を問わず、たくさんの仲間が。一国の危機を死力を尽くして守ったこともある。伝説の古龍の試練を乗り越えもした。人類VS魔族の大戦争を終結させるために、大魔王を討伐するのには5年を要した。

 幾度も、元いじめられっ子の僕は勇気を振り絞り続けた。漲る勇気と信頼できる仲間たちを得て、ついた称号は伝説の勇者。平和になった世界で、数多くの女性が僕の元に集まり、子供を乞い、それに応えようと努めた。

「勇者よ。感謝しよう。そなたのおかげでこの世界は救われた。数多くの種は、いつかこの世界に訪れる更なる闇を討ち果たしてくれるだろう」

 そして神から告げられたのは、この世界からのサヨナラだった。僕はこの世界に居続けることは出来ないみたいだ。異界の住人を呼ぶこと事態が禁忌らしいけど、勇者が生まれない世界ではそれも致し方なしと、神様がお目こぼししていたらしい。

「だが、このままそなたを返すのはあまりにも無礼だ。1つだけ、そなたに餞別を贈ろう。物質でも、形なき物でもいい。なんでも1つだけ、持ち帰らせよう」

 ずーっとそれについて悩んでいた。全てを手に入れた僕が、何か一つだけ望む物。お金か。古龍から譲り受けた武器か。魔王の宝物庫に会った禁断の魔法か。もしくは仲間。愛していた仲間の1人……いや、異世界に連れ添うのは難しいだろう、文化の違いだってあるのだから。……でなければ僕はこれだけを望む。

「この世界で得た【経験】。それだけでいいよ」

「よかろう。容易いことだ。汝の行く末に幸あらんことを」


 ……気付けば僕は、よく見知った天井を眺めていた。あの世界で僕は大人になっていたけど、体つきは異世界に行く直前と変わらない。手首には一回目に切り損ねた傷があった。神様のサービスか、化膿しないよう塞がっている。

 あれら全てが夢かと思ったけど、鮮明に覚えている。皆で冒険していたあの日々を。皆と酒盛りしたあの夜を。仲間が死んだ日のこと。愛する者と初めての夜を過ごしたこと。

「全部……覚えている」

 外は朝。手首には傷跡がある。嫌な事ばかりで辛かった学校での日々を思い出すけど、それはつい昨日のことであるのに遠い日のように感じていた。ノートに落書きとか、机に悪口彫られたりとか、先生に相談してもダメだったりとか。まあ色々あった。

 今思えば死ぬ前にどうして一矢報いてやろうと思わなかったんだろうと不思議に思う。解放の手段がそれしかなかったのだろうか。あの世界で絶体絶命に陥った時、僕らは決死の覚悟で立ち向かった。その記憶があるから、僕もこの世界で頑張ろうと思っている。

 身支度を整えて、久しぶり(実際は昨日ぶり)の母さんに挨拶をして、僕は学校に向かった。鎧のない無防備さだけど、日本ならこれでも生きていけるのが不思議。通学路を進んで下駄箱で上履きに履き替えて。……教室内で、早速いじめっ子が僕の目の前に立ちはだかった。しょぼくれた顔の取り巻き2人を連れてガム噛んで、背も大して違わないのに荒々しい態度で僕を眺めている。

「金は持ってきたかな?」
「ほら早く出せよ」「出さねーと殴るぞ?」

 そうだった。こいつらに母さんの金を盗めって言われたんだ。窃盗なんかしたくないし、母さんに申し訳ないなって思っていたから出来ない。だから自殺を図った。ああ、今思うとなんてばからしい理由。こいつら野盗かゴブリンの類じゃないか。暴力を背景に金持って来いってそれイジメじゃなくて恐喝だよ。警察呼べよ昨日までの僕。

「いやだよ。何でそんなことしなきゃいけないんだ」

 きっぱりと言い放ったのが意外だったのか、一瞬だけ相手は怯んだ。彼らにとって、昨日までの僕なら、もっと怯えた表情になると想定していたのだろう。まあそんな怯みは一瞬で怒りになるわけだけど。取り巻きはにやにやしている。

「てめぇ、なけなしの勇気でよく言ったなア? 殺してやるよ……」
「殺す? 僕を?」

 異世界では大岩を小指で持つ怪力を誇っていた僕だけど、この世界の僕に身体能力は、正直そんなにない。異世界に行った直後、仲間の登場がなかったら死んでいたことだろう。あるのは、異世界のあらゆる敵対する相手と戦った経験だけだ。それだけでいい。

「おらぁ!」

 右からのフックが襲い掛かる。これはほんの少し後ろに下がればいい。振りぬけた直後、後ろに倒した姿勢を元に戻す反動、それをパンチに乗せて真っ直ぐ相手の鼻に当てる。鼻っ柱が折れたのか、出鼻を挫かれたというべきか、鼻血が流れていた。僕から反撃を食らうことがショックだったのか、頭に血が上ったいじめっ子は腹に殴りかかる。腹筋を固めてこれは受けた。勇者時代はこれでノーダメージだったけど、今はそうもいかず、多少痛い。

「僕を、殺すんだろう?」

 怯まずに、がら空きになった顔面を右頬から打ち抜いた。よろめいたところを思い切り肘を加えた体当たりで突き飛ばし、倒れたところを追撃。相手の腹に勢いよく乗っかって息を詰まらせた瞬間、マウントポジションから、相手の顔を滅多打ちにした。こうなるともう一方的だ。相手は素手の防御しか出来ない。いじめっ子は取り巻きに助けを求め、2人がじりじりと詰め寄る。が、僕の睨み一つと跳ね飛ぶ血飛沫で金縛りに合わせた。低級魔族なら無条件降伏か心臓発作を起した睨み。弱い不良ならこうなるみたいだ。

 ひとしきり殴り終えて解放し、じんじんと痛む拳の血をハンカチで拭う。いじめっ子が完全に戦意喪失して痙攣、腫れあがった顔をしているのを見て、僕は戦闘を終えた。「やりすぎだよ」「こんなに強かったの?」とか、色々囁かれている。やり過ぎなんて思わない。昨日までの僕は防戦一方だったのだから。

 当然、この騒動を見ている人も多く、先生が駆けつけたし、いじめっ子の惨憺たる有様に悲鳴を上げる者も、気分を悪くする者も数多くいた。内出血と流血に腫れあがる顔、廊下はいじめっ子の血と涙でぬれ、いじめっ子は痙攣しながら虚空を見つめている。取り巻きは腰が抜けていた。僕が一瞥してハンカチを投げつけると、白い布地に付着した返り血がべっとりと付いていて、大声を上げて逃げていく。周りが僕を見る目が、昨日までの憐憫ではなく畏怖になっていたのはある意味爽快だった。

 騒動を起こしたことで、僕は校長室に呼び出された。「なぜこんなことをした」という問いに、真っ直ぐな目を僕は向けている。そこに担任教師も、いじめっ子の母親も、母さんもいたことを確認してから、僕はカバンからノートを何冊か取り出した。汚らしい字で汚らしい罵詈雑言が書かれていた。

「いじめられていたんですよ僕。机も彫刻刀で傷つけられていましたし、体操着も切られたことがあります。でも先生は助けてくれなかったし、見て見ぬふりをしていたので、僕は毎日ふさぎ込んでいました。昨日はアイツらが僕の母親から財布をくすねろと言って、それが出来なかったら殺すと言われました。殺されると思ったら、自衛のためにああするしかなかったんです」

 校長は震えあがっていた。多分、いじめが行われたことに対するショックと、それを担任が報告しなかったことなどが理由だろう。担任は慌てて否定したが、薄汚い保身に加担するつもりはなかった。

「机の様子と、彼らのスマホに記録された僕の恥ずかしい写真を見ればわかると思います。学校の裏サイトにも上げたって言ってましたから、そうなると出どころは掴めたようなものですよ」

 いじめっ子の母は泡を吹いて倒れた。まあ、あの手の不良は家では大人しいんだろうな。母さんは怒りに体を震わせ、警察に電話すると校長に詰め寄った。担任への叱責をしながら母さんへの謝罪をする校長。平謝りから一転、土下座して教師生命を懇願する担任。その眺めを、僕はゆっくりと見ていた。

 実に簡単な事だった。死ぬなんて一大決心が出来るなら、こういう景色を見るために戦えばよかった。それを教えてくれただけでも、異世界の経験は僕にとって宝物だ。まあ、相手が何人もいて、どうにもならないときは別の手で倒していたけども。

「じゃあ、僕はこれで。授業に戻ります」

 あとは母さんが何とかするだろうと思ってその場を去る。制止できるものは誰もいない。そのまま僕は授業に……は、出なかった。保健室に、用がある。パンパンに晴れ上がったいじめっ子を見るために。

 室内は保険の先生がいて、僕を見るなり「今は駄目」と血相変えて止めてきたけど、無視していじめっ子の倒れ込んだベッドを覗き込んだ。意識はあるようで僕を見るなりガタガタと震えあがる。にやりと笑ってみると涙を浮かべ、腕を振り上げると発狂したような声を上げてベッドから転がり落ちた。保険の先生は僕を説得しようとしていたが、

「先生は、親の財布から金を盗んでこいって言われたらどうする?」と聞き返すとそれ以上何も出来ずにオロオロした。以後もどうにか止めようとしていたみたいだけど、どうすればいいかわからずにいる。

「君は、僕を、殺すんだろう?」

 ゆっくりと言い聞かせるように囁いたら、絶叫し、目をひっくり返して気絶してしまった。まあ、これでもう僕に突っかかることはないだろう。僕は授業中の教室に戻り、いじめっ子の机と自分の机を、ガタガタ音を立てて交換、堂々と座った。

 クラス中静まり返っていて、数学教師も手を止めている。完全に、この場を支配していたけど、これじゃまるで魔王だ。いい気がしない。

「先生、授業の続き、お願いします」

 少しだけ低い声。数学教師は震えあがって、上ずった口調になりながらも授業を進行。

 以後、数日間はこの話題で持ちきりだった。学校に取材に訪れる者もいたし、いじめっ子はトラウマからか、僕を見ると発狂するようになったため、他県の学校へ行くことを余儀なくされた。その後の人生は知らない。興味すらない。担任教師は停職処分を食らい、ほどなくして入れ替わった。

 母さんは俺を褒めてくれたが、同時に「なんだか雰囲気が変わっている」と鋭い指摘もしていた。

 学校の黄昏時。屋上のフェンスにもたれかかりながら、流れゆく雲を仰いで思い出していた。異世界での冒険の日々を。神様は本当に約束を果たしてくれたようで、いつどこで何をしたのかを、そしてその時の感情ですらも一瞬で鮮明に思い出すことが出来る。

 僕は沢山の死を見てきた。意味のある死も、巻き込まれた死も、仲間の死も。最期は皆平等に、その身が朽ち果てる。明日は自分もそうなるのじゃないかと思った日々は刺激的だった。

 昨日までの僕には、「自殺」のことを、苦しみから解放されるという逃げ道みたいに思っていた。……違う。死ぬのは、ましてや自殺は、逃げじゃなくて放棄だ。生きることを投げ捨ててしまうこと。己を殺すこと。自分を殺すほどひっ迫した状況を覆すには、決死の覚悟を持たなければいけない。戦場で相手の拷問にかかりたくないと自死する者は多数いたけど、ここは、現代日本はそんなに酷いもんじゃない。死ぬ前に逃げるか戦えばいい。

 強く、ひたむきに。遠く離れた仲間たちに笑われないよう、懸命に生きて生きて、生き抜いてやろう。そう誓って僕は、屋上を後にしたのだった。

                               了

サポート1人を1億回繰り返せば音霧カナタは仕事を辞めて日本温泉巡りの旅に行こうかなとか考えてるそうです。そういう奴なので1億人に到達するまではサポート1人増える度に死に物狂いで頑張ります。