【短編小説】ショーウィンドウのケーキ

 都内の喫茶店。高校生が入るには少しだけ大人びている洒落た場所だ。丸くて面積の狭いテーブルの上には、コーヒーとアイスココアが乗っている。

「単刀直入に言うよ。君は、僕の幼馴染を奪ったね?」

 湯気の立つコーヒーを頼んでいたのは、一見真面目なおかっぱ髪の男子。神妙な彼を前に悠々とアイスココアを飲んでいるのは、不真面目そうな風貌の茶髪男子だった。愛嬌のある顔で、耳にはピアスもしている。

「え? オタク君の彼女?? ……あー、みっちゃんかな! いや、りょーちゃんかな?? 誰??」

 物静かな喫茶店なので2人とも声は抑えているが、オタク君は怒気を孕んだ言葉で続けた。

「ミサトで合っているよ。つい先日声を掛けたら、何だか慌ただし気で。後をつけてみたら君と談笑していたし、腕も組んでいたから……」
「その後ゲーセン行ってー。う~ん、あと何したっけな? あっ、人気のない所でキスしかけたわ」

 オタク君は憤然とした顔でチャラ男くんを睨んでいたが、「おっ、すげえ怖い仏像みたいな顔じゃん! おかっぱだからオタク君に良く似合うぜその顔芸!」と、当の本人はまるで意に介していない。

「君は。自分がっ。何をしてくれたのかわかっているのかい??!」
「えっ……オタク君何キレてるの? 俺がやったのってみっちゃんとデートしただけなんだけど……みっちゃんの彼氏なの? いや、みっちゃんに聞いても彼氏なんかいないって言ってたからさ。嘘ついてたのかなみっちゃん?」

 それもそのはず。彼は何も悪いことをしていないのだから。

「いや、僕は彼女と付き合っていないけど、来年あたり告白しようと思っていたんだよ」
「マジ? えー、それ、みっちゃんに言った? 言わなきゃわからないよ?」

 理不尽な吐露にもチャラ男君は律儀に返す。

「そ、そんなことはない! ミサトは、そんな尻軽じゃないんだ! 僕と将来付き合うからずっと学校も一緒だったんだ!!」

「いやいやいや。みっちゃんは超能力者じゃないから、そんなのわからないって。言ってもない約束なんてわかんないっしょ。あとアプローチ、プレゼント渡した? 帰りに一緒に思い出作った? お菓子一緒に食べたり、相手のお母さんと懇意になったり、そういうの」

「そ、そんなことよりも僕は勉強で1位を取らねばならないんだ。それに体力よりもIT関連が強い昨今だし」

 意固地に主張するオタク君にチャラ男君は肩を落としてため息をついた。

「じゃあ1位とるまでに具体的に何カ月かかるの?」
「い、今は無理だ……1年頑張れば……」
「その間一切交流しないの??」
「そ、そんなわけない! さり気なく会話に参加するよう努めるよ」
「今まで積み上げた思い出もないのに?」
「これから、これからさ!!」

 チャラ男君は辟易した顔になるが、それでもオタク君に説明する。

「オタク君さぁ……1年間以上彼女でもない幼馴染ほったらかしにして誰にもお手つきされたくないし自分のものになるって本気で言ってるの?」
「な、なんだよ、そんな顔して」

 アイスココアが空になる。

「例え話をするよ。ショーウィンドウにある、残り1つの美味しそうなケーキ。君がそれを物欲しそうに見ているけど、予約もしていないし購入もしていないで、10分くらい迷っているんだよ。で、そこにお金持った俺が現れてさ。そのケーキを迷うことなく買っていった。君は怒るんだけど、店員さんは俺に譲るよ。だって予約もしていないし、購入する意思も示していないんだから。買ってくれる方を優先するに決まっている」

「俺の思い出が10分の迷いで、ミサトがケーキとでも言いたいのか!!」
「そうだよ」

 即断言されてオタク君は声に詰まった。冷めた目になっているチャラ男君は構わず続ける。

「君が事前に予約していたり、店員さんに購入するか否か迷っていると伝えていれば状況は全然変わる。俺に売る前に一言君に声かけに来るだろう。それを怠っておいて『そのケーキは僕のだ』って主張されてもさ。俺だって店員さんだって困るよ。『誰だよお前』ってなるよ」

 反論するための材料を探すが、現に何もしていない以上、真実だ。

「俺結構そこんところ律儀だからさ、女の子と遊びたいけど、浮気とかはさせないのよ。女の子には幸せになってほしいからさ。だからみっちゃんにも聞いたんだよ、彼氏とかいないの? って。『そんなのいない』って、迷うことなく答えたよ。君の事を思い出すような素振りもなかった。君が彼女をどれだけ愛しているかはよく知らないけど、彼女の中に君はいなかった」

「そんな馬鹿な……だって、僕は、僕はミサトの……幼馴染で……将来付き合おうねって、幼稚園の時に約束して……」

 チャラ男君は店員さんに抹茶ラテを追加注文してオタク君に問いかけた。

「みっちゃんって、どんな男の人が好きかって知ってる? どういう職業の人が好きって知っているかい? 幼馴染ならわかるんじゃないかな?
「確か、小学生の頃は博物館の」

「それ、爬虫類とか恐竜が猛烈に好きだった頃のお話みたいだよ。幼稚園の頃は宇宙人になりたいとか言ってたみたいで恥ずかしそうにしていたね。今は筋肉ムキムキで、守ってくれるような男が好きみたいだ」

「え、そんな!? じゃあ、勉強は、僕の、勉強の力は」

今のみっちゃんには意味をなさないね。今夢中になっているのは、アスレチック部の海道君だってさ。俺とは気軽にお話が出来るって理由で昨日帰ったんだ。俺はその恋を応援する予定」

「馬鹿なっ……」

 ラテが届くとご機嫌になったチャラ男君は、飲みながら続ける。

「人の好みは変わっていくし、幼稚園での約束を覚えている子なんて早々いないよ。それで昨日帰る時に得た情報はこれだけじゃないんだ。今好きなアイドル、好きな色、諸々あるけどさ。こういうのっていずれプレゼントとかをあげる時に役立つんだよね。確実に好感度上がるからさ。……ねぇオタク君」

 蒼白なオタク君の目を見つめながら、チャラ男君は可愛い顔で、冷酷な一言を投げかけた。

「 君は今まで何してきたの? 」

 耐えきれなくなったオタク君は後退りしようとして、椅子諸共後ろに倒れてしまう。慌てて店員が駆け寄るが、うわ言のように「何で、どうして」と呟くばかりで取り付く島がない。「僕の知らないミサトが…あいつは…」彼は木製の床をギッギッと踏みしめて、ブツブツと呟き、焦点の合わない目でフラフラよろめきながら、勘定もせずに店を出てしまった。

「あーあ。あれじゃあ駄目だわ」

 チャラ男君はその後茶菓子も購入し、オタク君の分までお勘定を済ませ、退店した。先日買ったばかりのスマホを使って、暇な女の子に声をかけた。もうすっかり、今のやり取りを忘れて遊びに繰り出すのだろう。

 翌朝。オタク君は住居侵入、暴行未遂の罪で逮捕された。警察によれば「昔このドアから入って毎晩話し合ったじゃないか!」と錯乱していたという。

 (完)

あとがき

 寝取られとは何か? 自分が多少好意を寄せている女の子がとられたら、ショックなのはわかる。しかし、何のアプローチもしないで「寝取られた」と騒ぐのはちょっと違う気がする。そんな疑問がこの短編を生みました。

 私個人も片思いで困ったことは幾度かありました。好意を寄せることはあっても、「この人と絶対一緒になりたい」という強烈な欲望は、今のところ抱いていません。だから横から掻っ攫われても、文句を言う筋合いはありません。

 実際、ショーウィンドウのケーキは本当にきれいで、どれも美味しそうです。しかし迷っている内にあれよあれよと売れてしまう。自分が一瞬美味しそうと思っていたケーキは、次の瞬間誰かの手に渡ってしまう。そんなことは私だけではなく、誰にでも起こることなんです。

 ケーキなら翌日補充されるけど人間相手はそうもいかない。之はもう争奪戦です。小学生の頃は勉強が出来るよりも活発な方がスターになれる。高校生になって勉学の重要さに気付いてくると、頭の良さに【も】惹かれるようになる。タイプ系統有利属性は様々。小学生の俺よ、「納豆にネギ入れるタイプ??」の一言でも女の子に声かける勇気はあるか? 今の俺にはない。

 本作のオタク君は最後に逮捕されましたが、彼は幼少期に約束したミサトが好きで信じていたのであり、そうでないと分かれば理想像は砕けて心も冷めるでしょう。結果的に焚きつけてしまったチャラ男君は「あちゃー」とか言いそうですが、翌日には女の子と遊んでいる内に忘れているでしょう。

サポート1人を1億回繰り返せば音霧カナタは仕事を辞めて日本温泉巡りの旅に行こうかなとか考えてるそうです。そういう奴なので1億人に到達するまではサポート1人増える度に死に物狂いで頑張ります。