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エピソード6

岡山県岡山市
木のスプーンゆきデザイン工房 岡本友紀子


時松先生の美しいスプーンのデザインと、どんな樹でも活かして使う哲学に惹かれて、2015年春から時松辰夫先生の教えを受けてきました。
湯布院のアトリエときデザイン研究所の研修生として始まり、その後独立してからは地元岡山の工房で指導を受け続けてきました。工房にお越し頂いた数は十数回、毎回手弁当で指導をして下さいました。その間にも手紙、FAXなどの数々のやりとりでデザインの細部について教えを受けたことは私の一生の宝物です。その中のどれか一つだけをエピソードとしてまとめるのは困難なことですが、私がもっとも大事にしている先生の教えを記したいと思います。
 
作れば作るほど、いろんなものを作ってみたくなるのはよくある事だと思いますが、地元で独立しスプーンが一通り作れるようになった頃、フォークを作ってみたくなり、一本だけ作って先生に見て頂こうと湯布院へ送ったことがあります。不遜ですが初めてにしてはまあまあの出来だと思って送りました。
 
後日、私が送ったスプーンと、もう一本、先生が作ったフォークが送られてきました。
先生のフォークを見て、どきっとしました。
どきっとするくらい美しいフォークだったのです。そしてとても持ちやすいフォークでした。私のフォークとは当然ですがまるで違いました。
このフォークを作りたいと感じて、時松先生のフォークを見本にして手が空いたときに作り始めることになりました。
 
感動がなければ続けられないよ、と研修生に成り立ての頃先生から言われたことがあります。
そして、続けて、
スプーンにしてもひとつひとつ、今日はうまくいったかな?と考えながらやると目が輝くのだけど、やらないといけないと思ってやると目が濁る。飯の種につくろうと思ってたら続かないよ、社会をよくする為にものをつくっているんだよ。人を幸せにするためにつくっているんだよ、とお話しして下さいました。
 
フォークを作ろうと思っていたとき、私のなかでスプーン作りが少しマンネリ化していた頃でした。
先生のフォークに胸がときめき、フォーク一本に美しさの可能性を感じた私は、スプーンにももっと美しさや使いやすさの可能性があるのだと気づかされ、そこからスプーンづくりへの姿勢も変わりました。
100点満点のスプーンを目指しながら作り、良し、と感じた100点のものだけをお客様に出すようにしています。そして、良しと思えなかったものを眺めながら、どこをどうすればよかったのかを考えます。そうしながら、前回のもの以上の形に次はしようと自然に気持ちが湧き上がってきます。
 
同じ形のばかり作って飽きません?と人から言われることもあります。他の人から見ると同じ形に見えるのだと思いますが、自分のなかでは同じ形を作っているという意識がなく、新しい形を目指していつもチャレンジしているので飽きるということがないのです。いつもどうやったら前回よりもっといいものが作れるかと模索しています。この時間が楽しくて今も続けられるのだと思います。作ることが楽しくなくなってきたら、もうスプーンを作れないと思っています。
 
また、研修生時代に時松先生は、俺が作った見本通りに作ってはいけないと常々口にしていました。
見本通りに作ろうと思ったら見本以上のものは作れない、見本以上のものを作ろうと思うことが大事だよ、と仰っていました。
どうしても細部のデザインが気になり、考えても答えが見つからないときは食卓の上に置き、朝昼晩といつも目に入るようにします。しばらくすると、どこをどう直せばいいのか自然にわかってきます。
朝昼晩だけでなく、時松先生は気分のよい時、悪い時、嬉しい時や哀しい時、いろんな状況のなかでいろんな見方をしなさいとお話して下さいました。
 
木でものを作るうえで時松先生からこの大切な姿勢を教えて頂いたことは私の人生にとってかけがえのない大きな糧です。
たかだか幅4㎝、長さにして20㎝前後の木のカトラリーは、お皿やお椀などと比べても小さな世界です。小物をつくっている作り手は皆さん同じだと思いますが、私も又、小さな世界でありながら木のカトラリーはとても豊かな表現ができる世界だと感じています。
この豊かな世界を時松先生という方との出会いによって得られたことが私の幸せです。そして、不器用な私に作り手として自立する術を教えて下さった先生には私だけでなく家族も深く感謝しています。岡本家にとっても先生は大恩人です。
 
どんな言葉をもってしても言い尽くせないほど時松先生に感謝しています。
 

昨年、時松先生が自宅療養で自宅に戻られた際、フォークを見て頂く機会がありました。
教えるのは好きだからね、と屈託なく仰ってくださった先生に、見て頂いてよろしいでしょうか、とビワの木で作ったフォークを差し出しました。
これでいい。全体が良ければいいんだよ。そう仰って頂きました。
時松先生からいただいた最後のデザイン指導でした。
 
先生から頂いた言葉を素直に受け止め、そしてこれからももっと美しく、使いやすく、心地よいものを作っていきます。
 
時松先生、長い間本当にお疲れ様でした。
そして、ありがとうございます。
 

 
 

 

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