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エピソード9

静岡県 伊豆市
ありしろ道具店
有城利博


初めまして。私は静岡県の伊豆半島で「ありしろ道具店」として木の器やカトラリーを製作している有城利博と申します。NPO法人 伊豆森林夢巧房研究所に研修生として入所し、約7年ほど時松先生から学ばせてもらいました。NPO法人解散後に、その時在籍していた私を含めて3人でシェアする形で工房を譲り受け、それぞれが独立して活動を続けています。

実は、研修生になる前は時松先生の事を知らず、見学に訪れた時もまだ研修生になる事を迷っていました。その見学に行った帰りだと記憶しているのですが、時松先生のインタビュー記事が出てるよと教えていただいて、本屋に寄ってその雑誌を立ち読みしたのです。島村菜津さんという方の文章だったのですが、その中で時松先生の「朝、昼、晩、使える普通のもの、箸と皿と椀をまず作れ」という言葉にその時の自分にとってはすさまじい衝撃を受け、研修生になる事を決断しました。今でもその文章は事あるごとに読み直し、初心を思い出すようにしています。

時松先生の指導は月に二日ほどの短い時間でしたが、木工の技術についてはもちろん、デザインについて、生業としての生産について、地域社会との関わりについてなど多岐に渡って、時に厳しく時にお茶目な一面を見せつつ語っていただきました。その中でも常に仰っていた「芸」の教えが私の仕事に向かう姿勢を決定づけてくれました。添付した写真は指導の際に時松先生が手書きしたメモです。いかに毎回「芸」について語っていたかが分かります。

「芸」については色々な人がそれぞれの考えがあるでしょうし、もしかすると時松先生が言おうとしていた事とは違った解釈を私がしてしまっている可能性もあります。それでもその解釈をずっと大事にしていますし、子供の頃プラモデルすら完成させることが出来ず、何をやっても続かなかった私が今でもこの仕事を続けられているのはこの「芸」の教えのおかげであることは間違いありません。私が時松先生から受け取った「芸」とは、
  “木工という技術で人の心を豊かにし、喜んでもらう”
という至ってシンプルな事です。木工技術やデザイン力を日々高め、自らの感性や品を常に磨き、ほんのちょっとでも期待される以上のことを目指して喜んでもらうこと、それが自分の喜びになり活力になる。それが私の木工に向かう姿勢、目指す木工 「芸」です。

時松先生の教えで今でも続けている事がいくつかあって、そのひとつが、商品を発送する際の内容欄には「木工品」ではなく「木工芸品」と書くことです。笑われてしまうような些細なことかもしれませんが、自分が常に「芸」に携わっていることを意識づけするためのものです。常に「芸」を意識していないと一日で普通の人に戻ってしまうと言われたこともあります。

もうひとつ続けている時松先生の教えは、年末の餅つきです。一年間働いてくれた機械ひとつひとつにお餅を飾り、お世話になったご近所さんにお餅を振る舞います。今では餅つきをしないと年を越せない体になってしまいました。もちろん楽しくて美味しい行事なので続いているのですが、時松先生の視点は餅つきの節目節目を大事にする季節感、地域性、風土、鏡餅の重なり、餅の丸み、形の豊かさ美しさ、と私では想像もつかなかった世界まで広がっていきます。常に「芸」を意識していないとこの広がりは生まれてこないでしょう。

時松先生に会って2、3回目くらいのまだほとんど私の事を知らない時に「あんたは職人じゃないね」と言われたことがあります。その時の私の顔つきとか体つき、態度、話し方などでそう判断したのか、どういった意図で言ったのか今となっては真意を聞くことはできませんが、あぁ、見抜かれてしまったなという思いはありました。それまで職人っぽい仕事にも就いていましたが職人気質ではないことは自分でも薄々感じてたのです。そんな自分が逃げずに諦めなかったのは「芸」という豊かな思想のおかげです。まだまだ至らない自分に落ち込むことも度々ですが、それだけに一生かけてずっと探求できるものに出会えました。

「時松先生とわたし」事務局からの挨拶にもあるように、このサイトにたどり着いた方が少しでも時松先生の事を、そしてこのような「芸」もあるという事を知ってもらえたらと思いこの文章を書かせていただきました。貴重な機会をいただきありがとうございました。

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