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猫の失明

今の職場で働き始めて早や17年目。

17年前の年の暮れに、捨てられた猫を引き取った。

次の年の2月にはもう一匹、捨て猫を迎え入れた。

里親さんから我が家にきたシーチキンというサバトラ猫が、そのもう一匹の猫である。計2匹と暮らして16年になるのだが、そのシーチキンが失明した。

なんというか
申し訳ないの一言しかない。

あれっ?と思う瞬間は幾たびかあった。床に落ちてる小さなゴミにいちいち目を近づけて確かめる。目の前に差し出した刺身の、位置を間違えてあられもない方向に手を出す。いつもは置いてない場所に水飲み場を作ったら、脚を突っ込む。etc.etc....

16年か。猫にしたら75歳くらいらしい。私にしたらあっという間。必死に仕事をこなし、なんとか形にしようともがいた年月。でも。猫にしたら? どんな16年だったんだろう。

一向に帰ってこない飼い主を待つ日々か?

構ってくれない。暖かく抱きしめてもくれない。ご飯は適当。トイレの掃除を忘れる。具合が悪くても気づいてくれない。たまに気まぐれに可愛がる。嫌がるのを無視して病院に連れて行くけれど予防注射ばっかり。いいことない。

ごめんね。

休みを取って駆け込んだ動物眼科。

「シーチキンちゃんはお預かりしますね。お母さんは待合室で待っていてください」動物看護師さんは優しく言った。

聞いたことのないシーチキンの叫び声が、診察室から聞こえた。

診察が終わって、先生に言われた。

「高血圧による網膜剥離です。両目とも失明しています。治ることはありません。とりあえず血圧を下げる薬を出しておきます。急いでかかりつけ医に行ってください」

30代とおぼしき医師は、目のレントゲンを見せながら私に粛々と告げた。

眼球の中の、血管が放射状に弾けたような、花火のような写真だった。


家に帰ってから、猫は見えているふうである。

難なく日常生活をこなし、ご飯、トイレ、水、睡眠、どれもスイスイとこなす。

でも。あの時気づくべきだった。パソコンに向かう私の邪魔をする猫の甘えに。

ほんとになんなんだろう自分。ごめんね。

気がつかない。そのことの罪深さを思い知って打ちのめされる。

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