企業法務弁護士に必要な「パス回し」のコミュニケーションと必要な能力とは

はじめに

全てに関して、あくまで当事務所(モノリス法律事務所)の場合であり、法律業界一般論や、企業法務一般論に関する記載ではありません。

コミュニケーションの基本

弁護士の業務、特に、いわゆる企業の顧問弁護士としての業務には、「企業の経済活動を法務面でサポートする」という意味で、いわゆる「コンサルタント」に近い側面があります。そして、この側面との関係で、アソシエイト弁護士には、「(一般的な意味での)弁護士としての能力」に加えて、「法務コンサルタントとしての能力」が必要となります。

これは一言で言えば、「ボールの内容と所在を明確にして、速やかにパスを回す、又は、自分でじっくりとドリブルを行うこと」です。

例えば、
・なるべく頭括型でコミュニケーションを行うべきこと
・複数の根拠等がある場合はナンバリングを行うべきこと
・具体的な情報やソース等を示すべきこと
・前提として、「ロジカル」な文章を作成すべきこと
など、「コミュニケーションの基本」の多くは、この「パス回し」を円滑に行うためのものです。

クライアントと法律事務所の関係性

クライアントとのコミュニケーションでは、全てのアソシエイトに、大きく、2個の要素が要求されます。

まず、事務所が何か作業を行う場合の、一次対応の重要性です。「仕事が早い」とは、クライアントへの最終納品物の完成が早いことだけを意味しません。それと同時に、クライアントに対する一次対応の早さが、必要となります。そしてその際には、
・自分がどのようなボールを受け取ったのか
・それはいつクライアントに返されるのか
・クライアントはどのようなボールを持っているのか
・それはいつまでに自分に返されるべきものなのか
を、明確にすることが重要です。「事案の検討」自体を急ぐのではなく、「どのように事案を進行するか」という部分を可及的速やかに報告することが重要ということです。

例えば…
クライアントからメールで契約書作成の依頼があったが、一部要件定義(要望内容の詳細)は社内で未決定であり、追って送られる旨が記載されていた。ただ、契約書自体の納品日が木曜であり、要件定義が送られてから契約書作成を開始するのでは間に合わない可能性が高かった。
【悪い例】そこで、要件定義を待ちつつも、可能な範囲で契約書作成を進めておこうと思いつつ、クライアントには「契約書作成の件、畏まりました。引き続き宜しくお願い致します。」と返信した。
【良い例】そこで、クライアントに対し、「契約書作成の件、畏まりました。まず、要件定義を含まない範囲で今週中にファーストドラフトを作成し、送信致します。お手数ですが、ファーストドラフトに関するご不明点や要修正点、及び、要件定義を、水曜中に頂ければ木曜中に修正版を納品できるかと思いますので、宜しくお願い致します。」と返信した。

この例は、当該契約書の作成にあたり、どのような条項を入れる必要があるか、その条項はどのような記載方法をすればよいのか等、事案の中身についての検討は未了の状態でも送信をすることが可能な内容になっています。

これは、「一時報告を早く行うと、仕事が早い『ように見える』」という問題ではありません。当事務所がセルフマネジメントを前提に組織として契約書作成などの業務を行っているのと同様に、クライアントもまた同じように、契約書にかかる業務、例えばシステム開発やアプリ運用などの業務を行っています。そのこととの関係で、「(クライアントから見れば)ボールを渡した相手」である当事務所の動きが「見えない」ことは、クライアントにとって、マネジメントが困難になる要因になってしまうからです。上記の例であれば、「自分は水曜日までに要件定義を決定すべきこと」「木曜に納品があるので、金曜以降に契約締結手続を行えば良いこと」を、クライアントは把握することができます。

また、些細な連絡であっても、「返信がない」よりは「ある」方がベターです。

例えば…
上記の例の後、クライアントから水曜日に要件定義が届いたので、「取り急ぎですが、要件定義、拝受致しました。予定通り木曜中に修正版を納品致します。」と返信した。

この返信が行われない場合、クライアントは、当事務所が要件定義を受け取ったのか、木曜中に修正版が滞りなく納品されるのかどうか、例えば金曜日に予定している締結手続を延期する必要があるのか否かを、判断することができません。「一言」の返信がないが故の不安をクライアントに与えることは、多くの場合、デメリットしかありません。

次に、報告における、ボールの内容や所在の明示の重要性です。クライアントに対し、交渉過程の報告、裁判所手続に関する期日報告を行う際は、交渉や期日においてどのような議論が行われたかに加え、次は誰が何をするべきタイミングであり、それがいつまでなのかを明確に伝えることが重要です。

この報告には、クライアントでも事務所でもなく、相手方がボールを持っていて、それをクライアント及び事務所が待っている場合の報告も含まれます。ありがちなのは、相手方に対して内容証明等を送り、相手方からの反応を待っている場合の、「いつまで反応がなければ、架電など次のアクションを行うのか」に関する報告が抜けてしまうという問題です。

例えば…
弁護士Aは、B社から依頼を受け、C社に対し、システム開発の費用の支払を求める内容証明を郵送した。これが配達されたため、B社に対し、報告を行うことになった。
【悪い例】そこで、「相手方に内容証明が届いたこと」を報告した。
【良い例】そこで、「相手方に内容証明が届いたこと」「請求金額等より相手方に与えるべき猶予時間について検討した結果、2週間以内に連絡が来ない場合は架電により交渉を行う予定であること」を報告した。

クライアントが、解決を焦っているケースは少なくありません。上記の例であれば、「【悪い例】」の後、2週間弱が経過し、クライアントから「内容証明に反応はあったのか?」と質問され、「なかったので明日電話交渉をします」と返すことは、クライアントから見ると、「仕事を忘れられていた」「自分が問い合わせたので弁護士が動くことになった」となってしまい、信頼関係を毀損するコミュニケーションになってしまいます。これは、実体的判断として「2週間待つということ」が正しいか否かと関係がない、クライアントコミュニケーションにおける手続的な問題です。

担当弁護士間の関係性

当事務所の業務は、ほぼ必ず、複数の弁護士によって担当されます。この場合における弁護士間のコミュニケーションも、同質です。自分はいつまでに何をするのか、または、相手にいつまでに何をして欲しいのか。ボールの内容と期限を、明確にしたコミュニケーションが、「複数の弁護士によって遂行される業務の円滑性」のためには必要不可欠です。

また、これは、「自分が預かったボールに問題があり、その遂行が出来ない場合には、速やかにボールを戻すべきこと」を意味します。不明点等は、なるべく速やかに、その指示を出した上層の弁護士(この意味については後述します。)などに質問すべきです。

そしてまた、「クライアントと法律事務所の関係性」におけるボールの所在が不明確にならないよう、事務所内でも担当弁護士間の関係性を明確にする、ということも重要です。この要請より、「主担当」の概念が必要となります。

例えば…
新人弁護士Aは、4年目の弁護士Bとペアで案件を処理するケースが多いが、「主担当がAで、Bがこれを監督する」という案件もあれば、「主担当がBで、Aがこれを補助する」という案件もある。前者の場合、例えば、クライアントからBが聴取しまとめた情報が不十分であった場合や、クライアントに要求した資料が共有されないといった場合に、Aがその事実に気付き、クライアントに対して連絡を行うべきである。

「パス」は、「その次のパス」を意識して行われるべきこと

さらに、自分が、他の担当弁護士や、クライアントに対して「パス」を出す際には、「そのパスを受けた者は、さらにその次のパスを行う」ということを意識した、効率的なコミュニケーションが必要です。

第一に、担当弁護士間の関係性において、複数の弁護士である案件を担当する場合、当該弁護士間でやり取りされるテキストデータ等は、「最終的にクライアントに対する納品物」になることを意識して作成されるべきです。

例えば…
新人弁護士Aは、4年目の弁護士Bを主担当者として、あるリーガルリサーチの案件を担当していた。
【悪い例】リサーチ結果がまとまったので、当該リサーチ結果に問題がないかの確認を求めて、B宛の文章として、「●●の件、リサーチ、下記のようにまとめました。(改行)結論としては適法で良いと思います。ただC先生にも相談したところ……で、B先生ご指摘の……は(以下略)」というようにリサーチ結果をまとめ、Bの判断を仰ぐことにした。
【良い例】リサーチ結果がまとまったので、Bがクライアントにそのまま送信可能な文体で、「●●の件、リサーチ、下記のようにまとめました。(改行)先日ご依頼頂いた●●の件、結論として、適法だと思料致します。根拠は3点あり(以下略)」というようにリサーチ結果をまとめ、Bの判断を仰ぐことにした。

こうした意識は、事務所内における、組織的・事実上の上下関係など、クライアントの利益に関わらない各要素よりも、優先されるべきです。

例えば、特に新人の場合、「上記のようなテキストを先輩に対して送ることは、自分のリサーチ結果が正しいはずという自信の表れのようで、不適切ではないか」というような意識も、あるかもしれません。しかし、「先輩にリサーチ結果を伝える文章」では、それを受け取った先輩は、「その文章を対クライアントの文章に書き直す」という作業が必要になります。この「二度手間」は、業務効率を下げるものとして、回避されるべきものです。

第二に、クライアントと法律事務所の関係性において、クライアントに対する納品物、特に契約書は、「それが一旦クライアントの社内で議論されるべきものなのか、第三者企業にそのまま渡されるべきものなのか」を意識し、ファイル内のコメント等テキストを書き分けられるべきです。

例えば…
弁護士Aは、顧問先企業のB社から依頼を受け、その取引先であるC社向けの秘密保持契約書を作成した。ただ、この契約書は、既に行っていたヒアリングより、どのような内容で作成されるべきか、当初から明白であった。このため、AがB社に対して納品した契約書は、そのままB社からC社に送られることが想定された。そこで、Aは、Wordのコメント機能を使い、「この条項は●●という意味です」というように、「B社として、C社に対し、条項の意味を解説する」という性質のコメントを付与した。そしてその契約書を納品する際、メールで「このままC社に送って頂ければと存じます」などと記載した。

例えば…
弁護士Aは、顧問先企業のB社から依頼を受け、その取引先であるC社向けの業務委託契約書を作成した。ただ、この契約書について、ヒアリング時には確認していなかった細かな要検討事項があり、これについては、どのようなドラフトをC社に送るべきか、まずB社内で検討して貰う必要があった。そこで、Aは、Wordのコメント機能を使い、「この条項について、現在の案では●●●●という法的リスクを受け入れることになってしまいますが、この形で差し支えないでしょうか?」というように、「B社として社内検討を行う際に考慮されるべき事項についての説明」という性質のコメントを付与した。そしてその契約書を納品する際、メールで「第●条について、概要、●●という法的リスクがあり、その旨を貴社向けコメントとして付与してあります」などと記載した。

時には「より上層」の判断を仰ぐべきタイミングもあるということ

「コンサルタント」の性質がある組織において、上層は、より抽象度の高い判断、より(純粋な法律問題だけでなく)コンサルタントとしての性質の高い判断を行うためにも、存在します。

このこととの関係で、コミュニケーションや「パス回し」について、可視化が必要となります。可視化されていないそれらは上層から見えないケースが多く、本来的には上層が解決すべき問題が、中層と下層の間で行き来されるのみとなり、解決されないというリスクがあります。

例えば…
新人弁護士Aが、3年目の弁護士Bと共に、クライアントの事業担当者に依頼された新規事業関連の契約書の作成を行うこととなった。ただ、クライアントmtgでのヒアリング、その後のリサーチの結果、Aは、事業自体に潜在的なリスクがあるという疑いを持った。Bに質問をしたところ、Bは、関連する書籍、類似するビジネスなどを教え、さらにリサーチを行い、契約書の条項によってリスクを消すことが可能か検討して欲しい旨をAに回答した。何度か同種のやり取りが行われたが、Aは、リスクを消すことがどうしてもできないと考え始めた。
そのやり取りを見ていた6年目の弁護士Cが、「この新規事業については、事業担当者ではなく、クライアントの社長や役員を含めて、リスクを経営判断として受け入れるか否かについての協議が必要」と判断。方針を転換させた。

特に新人アソシエイトの場合、「質問」という行為を人前やオープンチャット上で行うこと自体が恥ずかしい、という感情もあるかもしれません。しかし、それでは、解決されるべき問題が「可視化」されず、本来的に「より上層」によって解決されるべき問題が、未解決となったまま、自分のストレスだけが増えていき、納期が迫ってくる、という結末になってしまう危険性があります。

コミュニケーションを可視化し、場合によっては自ら上位階層の弁護士に相談を行うことで、こうした問題を解決できる可能性があります。

クライアントトラブルの発生時のコミュニケーションこそ可視化されるべきこと

前項目で記載した、「より(純粋な法律問題だけでなく)コンサルタントとしての性質の高い判断」の典型例は、トラブル発生時のクライアント対応です。何らかのミスや失敗の発生時、クライアントに対してどのような対応を行うべきか、という点に関しては、「より上層」の判断が必要となるケースが多いといえます。

こうした場合に適切な対応ができないことは、純粋な経験値の問題であり、恥じるべきことではありません。理論的に、ミスや失敗は(基本的には)一定確率で発生しますが、その発生時に対応を行うことでしか、人はそれに関する対応の経験を積むことができません。そして、だからこそ、問題が「可視化」され、迅速に「より上層」によって対応されなければ、解決を行うことができません。

ミスや失敗に関わるコミュニケーションなので、「恥ずかしい」からオープンチャット上で行わない、という行動は、この解決を困難にするものです。

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