2024/02/06 「風呂の日」

お湯につかると、その子は「お湯に入ってくれてありがとう」と言った。
彼の言葉の半分以上は「ありがとう」が付いている。彼の言葉は心地よかった。急かさない。怒鳴らない。強制しない。
そんな人間に出会ったのは、初めてだ。

「からだ、一人で洗える?」
私は頷いた。彼も頷いて、廊下に出ていった。
私は大急ぎで体にお湯をかけて、外に出た。タオルで身体を拭いて、彼が待つ廊下に出ると彼はきょとんとしている。
私は何か間違ったのだろうか?

「ちゃんと洗った? 石鹸で。あと、垢すりで体をこすって」
彼は一つ一つ説明していく。私は首を振る。そんなの知らない。いつも早くお湯を浴びて、さっさと上がれと言われていた。その方法しか知らない。

「一緒に入る訳にはいかないよね。待ってて、誰か人を呼んでくる」
私は彼の腕を引っ張って首を振る。他の人は怒鳴るかもしれない。彼のように一つづつ教えてくれるとは限らない。
「わかった。わかったから。まずは、頭だけ。タオルを巻いて洗おう」
彼はそう言うと、私にもう一度服を抜いてタオルを巻くように言って一旦、廊下に出た。

なぜ、出ていくのだろう。よくわからないまま、服を脱いでタオルを巻く。
廊下に顔を出すと、彼が入ってきた。
「タオルは取れない様に押さえて椅子に座ってて」

彼の言うとおりに座っていると、頭に何かを付けてきた。ヒヤリとした感触に思わず立ち上がると「ごめん。驚いたね」と彼はゆっくりと私に座る様に示した。

「髪を洗う時は、これを使うんだ。手に付けて泡立ててから髪につける」
説明しながら、彼は私の頭を洗っていく。

髪から変なにおいがする。でも、彼が笑って「気持ちよかったでしょ?」というので、私は頷いた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?