2024/06/20 「世界難民の日」 

それは、静かな前触れだったのかもしれない。

「こんにちは。困りごとありませんか」
水汲みにいこうと家を出ると、女性がそう話しかけてきた。少し離れて男性が立っている。どちらも黒い服を着て枝のシンボルを持っていた。

「別に何もないよ。邪魔しないで」
私は瓶を手に外に出る。

「大変ですよね。井戸があるといいと思いませんか?」
後ろから追ってきてそんな事を言っているが、無視をして水汲みへと向かった。

数日前からそんなよそ者がいる話は聞いていた。隣村ではすでに彼らによって井戸ができているのだという。便利で安全な水を手に入れられるとも聞いている。けれど、どこかおかしいという男たちもいた。父も同じ意見だった。

『枝のやつらには気を付けろ』

一部の人はそう言って、井戸に反対していたけれど、多くの人が井戸を求めて、気が付くと枝の人たちは私たちの村に井戸を作ってしまっていた。貧しい人には食料を。病院が必要なら病院まで連れていったり、学校を村に作る事もある。

枝の人たちは村を豊かにしていった。

けれど、それは長く続かなかった。やがて、枝の人たちは女性を外に出さないようにし始めた。女性だけに外出許可証を持たせ、気が付くと男性たちにも持たせて外出範囲と時間を制限しだした。よくわからないルールが次々と作られて、守らない者たちは罰するようになった。

人びとは国に助けを求めた。枝のやっていることはおかしい。国の法ではないのに、移動制限や職業制限、子作り強制まで行ってくる。

国はそれに答え、私たちの住んでいた場所は戦場になった。


なぜ、そうなっているのか誰も理解できていなかった。
私たちは国に守ってほしいと願ったのに、国は枝がいる地域はすべて敵として一掃し始めたのだ。

住処を追われて私たちは国境を越えた。

どこにもない線。
けれど、地図上には存在する線。


国境を越えて、私たちは難民になった。守ってくれるものはない。住処も食料もお金も何もない。日差しも雨も私たちの味方ではなかった。
強い日差しは人を殺し、長引く雨も人を殺した。


「でも、難民キャンプで生活は出来たのでしょう?」

無邪気に聞いてくるのは、今の学校のクラスメイト。戦争もない。難民にもなる事がない国の人。

「しらみとノミにまみれて、食事も一日一食あるかどうか。汚物は一角に垂れ流しで、病気が常に蔓延してるところで生活したいの?」

私の言葉にクラスメイトは顔をしかめる。
「ごめんなさい」

「私も他のキャンプは知らない。ただ運が悪かっただけかもしれない。でも、母も父も弟も死んだわ。だから、私はここにこれたのよ。孤児だから養子にしてくれる人に出会えて」

これを幸運というのかどうか知らない。
クラスメイトはまた「ごめんなさい」と言って、私の肩に触れた。途端にぎょっとして、手を離した。

私の肩は窪んでいる。肉の一部が壊死したから。

「そういう場所だったよ。これで、おしまい。謝らなくて大丈夫」
私は明るく言って、この話を切り上げた。


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