2024/08/09 絵空事(えそらごと)

「画伯、寝てるよ」

同居人の声に目が覚めた。気が付くとペンが手から落ちている。よだれをたらしてない事がまだ救いだ。

「画伯じゃないよ。ただの趣味」
そう返しながら、時計を見るとティータイムだ。この後夕方に一件、仕事が残っていたなと思い出す。
同居人がコーヒーをサイドテーブルに置いてくれる。趣味なのに部屋の一角がそれらしいスペースになってしまっている。

「淡いね。まだ描きかけ?」
同居人が薄い色の紙を見ながら言う。夏の光の中に出せば消えてしまいそうなほど薄い色だ。

「これで、完成。今だけだから」
かなり前に祖母に見せると、悲しそうに首を振った。年をとると色が見えなくなる。目が見えなくなるのではなくて、色から先に消えていくのだと聞いた。だから、私もいつかこの淡い色は見えなくなるだろう。

画伯にはなれなくても、今だけの絵は描ける。

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