2024/06/23 「国際寡婦の日」 

「あんたの夫は見つからない」

姉さんは真っ青な顔でそれを聞いていた。そして次には叫んでいた。
「見つけて。腕でも足でもいい。死んだことを見ていた男でもいい。お願い。お願い」

姉の腕の中の赤子は驚いて泣き出したが、姉は赤子を取り落として目の前の男に縋った。私は慌てて赤ん坊を抱きしめる。

「すまんな。無理だ。あんな場所で見ていた奴はいない。いたとしても死んでしまう」
男は憐みの目を向けてはいたが、これ以上はここに居たくないとばかりに走る様に離れていった。

一番嫌な知らせだ。死んだという知らせがあればまだ良かった。生きているか死んでいるかわからないのでは、再婚も出来ない。うちは父も母ももういない。兄だけが唯一の男手だった。

「どうしよう……どうしよう」
姉は呟くようにそう言った。赤ん坊の事はもう目に見えていない。明日からの生活が一切、見えていないのだから。

男がいなければ外出さえままならない世界で、男手がない事は死を意味する。

私は髪を短く切った。
「私が男になるよ。しばらくは私が外で働く」
胸を潰すさらしを撒きながら、私はそう言った。細い体はまだ男の子で通せる。

姉はパッと顔を上げて、そうねと言った。小さな妹や弟たちは不安そうだった顔が和らいだ。

けれど、それも長くは続かなかった。ある日、家に帰ると見知らぬ男性が家の中にいた。

「この人があなたを妻に欲しいんですって」
姉は明るくそう言った。私に夫ができれば、その男が家を支えてくれる。今のように、食事さえままならない生活から抜け出せると思っているのだろう。

「……何言ってるの姉さん。僕は男だよ」
「そんなこと、しなくていいのよ。あなたが女だってことはわかってるし、うちにも十分なお金を入れてくれるって。しかも、支度金は向こうで用意してくれるっていうんだし」

男はじろじろと私を見つめる。この話を断るわけがないと思っているようだ。仮に断ったところで、力づくで抑え込まれたら私にはどうしようもない。

「いい話ね」

私は何でもない事のようにつぶやく。後ろ盾がない私に断るという選択肢はない。姉は無邪気に喜んでいる。

結婚話はとんとん拍子に進んだ。男の家は隣村で、結婚後はそこに暮らすことになったけど、月一で姉の元に帰っていいという。お金も十分に渡すという話だったが、色々あって、私が家に帰れたのは三か月後だった。

そこには誰もいなかった。

近所で話を聞きまわって知ったのは、私が家を出た翌日には人買いが姉も妹や弟たちも連れて行ったという事。そして、お金は私の夫になった人間が貰っていたという。

家に帰った私は、夫を見た。夫は何も知らないふりをして「ゆっくりできたか?」と聞いてきた。

泣けばいいのだろうか。笑えばいいのだろうか。

この男は私たちが金になると思って近づいてきただけだ。どこかで聞いた話だ。この辺りでは珍しくない。男の後ろ盾を失った女・子どもがどんな目に合うのかは知っている。

「ええ。ゆっくりできたわ。来月も帰っていいかしら」

私は夫にそう返していた。

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