2024/03/30 妖花(よみはな)

ふっと心を奪われたのはその美しさだった。
けれど、美しいと言っていいのかわからない。その女性の周りだけ『空気がない』ような雰囲気だった。

「あの。もう一度言ってくれますか?」
今、女性が言った言葉は確かに私たちの知る言語で音声だったのに、私たちの頭には一言も意味が入ってこなかった。

「市役所へはどう行ったらいいの?」

彼女が一言一言区切る様にそう言った。そこでやっと意味が入って来る。張りつめた空気を少し緩めて、「それなら、この道を」と一通り説明してから、スマホで地図を見せた方が早いだろうかと一瞬考える。

でも、女性は聞き終えると「ありがとう」と言って歩き出してしまった。

女性が離れると、残っていた緊張が一気にほどけて私は座り込んでしまった。

「大丈夫?」
座り込んだ私に近づいて友人がそういった。私の事なのかと思ったが、彼の視線は女性を追っている。
私に対しては手も貸してくれない。

「何が?」
「だって、あのおばあさん、どうやってここまで来たんだよ。市役所まで2キロはある」

そう言われて、私は先ほどの違和感にやっと気が付いた。私には若い女性に見えて若い声に聞こえたような気がしたが、彼は最初から最後まで老女に見えていたらしい。

その動きは老人のようなゆっくりとしたものだった。そして、この香りも。

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