2024/05/20 「森林の日」 

ぼこぼことした地面と、木に付いている新しそうな傷。
森に入る小道をまだ30分も歩いてないというのに、そんなものに出会ってしまった。ざっと周囲を見回して、さらに音に耳を澄ましてみてから、ラジオを付ける。

「帰ろう」
ずんずんと先に行ってしまった同居人に声をかけると、驚いた顔で彼は叫んだ。
「なぜ?」

鳥が驚いて飛び立っていく。

「何かいる……。熊かイノシシか……運がよければ鹿かもしれないけど、でもどちらにしても会わない方が良いモノだよ。ここは私たちの領域じゃないんだから」

「鹿……会いたい」
同居人は最後の言葉だけを拾ってしまったらしく、目を輝かせた。

「人の話を聞いてた? 熊に会うかもしれないって言ってるの」
「またまたぁ。こんな人がいる場所に出るわけ……」

同居人の言葉が止まり固まっている。私はそっと同居人が見ている方へと首を回してみると、遠くで何かがガサゴソと動くのが見えた。熊ならばこの距離はあっという間に詰められる。イノシシならば巨体の突進で人間はひとたまりもない。

私は身体を茂みの方へ向けてから、そっと後退する。急激な動きはよくないというが、それは熊の場合だ。イノシシの場合はどうだったろうか。

やがて茂みの中から小さな動物が飛び出して来た。イタチ……テンかもしれない。遠くて見分けがつかない。
私はホッとしてラジオの音量を上げる。同居人の腕を掴むことは忘れていない。

「かわいいよ。ねぇ。あれ、かわいい。写真を撮ろう。近づこう。逃げちゃうよ」
はしゃぐ気持ちはわかるけど、それは無理だろう。向こうもこちらを認識するとじっと見て、すぐに茂みに戻ってしまった。

「野生動物には近づかない。向こうが近づいてきても、こちらは近づいちゃダメ。じっとして通り過ぎるのを待つだけ。写真を撮るならその場から……って撮ってるし」

「小さい。遠い」

「それでいいのよ。ここは彼らのテリトリーで私たちはただの訪問者なだけなんだから。帰ろう」
「え。動物ってあれだけでしょ。小動物がいるという事は、大きな動物はここにはいないって」

同居人の楽天な考えに私は頭を抱える。同居人を引きずりながら戻ることにした。

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