2024/08/01 「配置薬の日」

「こんにちは。薬の箱、あるけ(どこにある)?」
大きな箱を持ったおじいさんが家にやってくる。いつもの人だ。

「おかあさーん」
私は母を呼ぶ。母が部屋から薬箱を手にする。薬箱は子供の手の届かない高所にあるので、私では届かない。

「いつも、すみませんねぇ」
「いえいえ。最近は下痢が広がってるようだから、気を付けて」

箱の中から薬を取り出しておじいさんは薬のチェックをしながら会話をしている。私は傍でそれをじっと見てる。

「身体は大丈夫? 遠慮せずに薬を使っていいから」

そう言っても、うちでは薬は使わない。
唯一、使ったのは湿布だった。けれど、それはたまたまその時に薬屋さんが気まぐれに置いて行ったものだったのか次からは入っていなかった。
おかあさんは薬屋さんの言葉に曖昧に笑う。

「祭りは行った? あっちの方では変わった屋台が出てるって」
時にはそんな季節に合わせた話題も出てくる。そして、外の話が少しだけ入ってくる。

話しながら手際よく薬が元通りに入れられていく。
それが終わると、おじいさんは私たちに紙風船をくれる。

「いい子にして、おかあさんの言うことを聞くんだよ」
私の頭を撫ぜてそう言うとおじいさんは母に向き直る。

「お子さんは6人だったかな」
おかあさんの顔が少し曇る。

「いいえ。ダメだったので5人で大丈夫です」
もうすぐ生まれると期待した妹か弟は、消えてしまった。ここまで大きくなって消えるのは珍しいとばば様も言っていたけど、消えてしまったのだ。

「そうか。あんたは大丈夫け?」
「大丈夫ですよ。慣れてますから」

弱々しくお母さんが笑う。よくあること。お隣のみよちゃんの妹か弟ももうすぐというところで消えてしまった。

「じゃぁ。おまけであんたの分を含めて6つだな」
紙風船が6つ取り出される。手を伸ばしたけれど、それはおかあさんに渡された。

「お手伝いをして貰いなさい」
おじいさんはそう言って私に笑った。頬を膨らませる私に、「おかあさんを助けるんだぞ」と言っておじいさんは出ていった。

「ふぅ」
おかあさんはため息をついて、薬箱を片付けた。

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