2024/05/16 「性交禁忌の日」 ※R15※

※軽い性描写があります。


「だーめ」

クスクスと笑うと男は「いいじゃん」と答える。こういうお笑いがあったような……と頭をかすめる。

「いいわけねーだろ」

先ほどと同じく軽く言ったのだが、男の顔は瞬時にひきつった。
「どうしたの? いきなり」

私は服を探して床から起き上がる。
「いきなりじゃないよ。さっきから、ダメだって言ってたでしょ。描くだけ。それ以上はない。最初からその約束で三万円でしょ」

「はあ? んなわけないだろ。脱いだらやるだろ」
「今日は禁忌日。やりたかったら、別の日にした方が良いよ」

男の顔はますます訳が分からないと訴える。服を掴んだ私の手を掴み、顔を真っ赤にして止める事に必死だ。

「いいの? 私はあなたのためにセックスはやめておきましょうと言っているの」
「何? 性病でも持ってるの? 嫌なら嫌って最初から、言えばいいじゃん」

こういう時の男たちの頭は使い物にならない。『嫌』は最初から言ってある。私は一度もOKとは言っていないのだが、男の中ではOKのスイッチが入っている。

「あなたがいいなら、いいけど」
「君もしたいんだろ。恥ずかしがり屋だな」

妄想力逞しい男の腕は貧弱だ。私は服を手放して、ため息をつく。男にはそれが吐息に見えるのも知っている。

唇を合わせると焦ったように舌が入り込む。たらこかめんたいこか……噛まないように気を付けたいと思いながら、人間の脳はそこまで正しい現実認識をしないようだと思う。男が見ているのは私の胸であり下腹部であり、その下だ。


脱力しながら男は「よかった」と言った。

「いいえ。良かったのは私の方よ」

私の言葉に男は嬉しそうにほほ笑む。その笑みに少しだけ罪悪感がわく。

その後のひと月は鬱陶しいほど「会おう」と言ったり、職場にまで来ていたりしたが、私は黙ってそれに「ありがとう」と返した。なるべく会うようにもしていたので、周囲は私たちを恋人だと認識していたようだ。でも、私は一度も告白していないし、男も私に告白はしていない。

夏が近づくにつれて、会う頻度は下がった。男は徐々に寝込むようになった。
私はそれにホッとした。なるべく男の看病をするようにはしたが、一年もしないうちにそれにも飽きてしまった。


「ねぇ。知ってる。彼、亡くなったらしいよ」

そう聞いたのは、数年後の事だった。
「付き合ってなかった?」
彼女は興味深そうに私に聞いた。
「違うよ。仲が良かっただけ」
そう返すと、彼女はホッとしたように私の手を握る。

今、一番仲がいいのはこの子だ。彼女とも禁忌日を一緒に過ごした。最近、彼女の顔色が悪くなっている。

「それより、休憩しようか。疲れたでしょう?」
私は彼女を気遣って近くのカフェに入る。今日の日差しは強い。彼女に何かあっては大変だ。

「うん。でも、信じられないな。私、あなたと……恋人なんだよね」
確認するような言葉に私は微笑む。
「ええ。結婚出来たら、夫婦になってたわ」

男とは出来ない会話を楽しむ。でも、私にはそんなことはささいな事だ。性交禁忌日は人間にとってのもので、私たちのものではない。でも、一応はルールだから『禁忌日』だと伝える。今の時代に『禁忌』の意味を考える人はいないので、言葉が通じない。冗談だと思っているのだろう。

でも『性交禁忌日』は、『禁忌』なのだ。なぜなら、私たちの発情期で年に一度だけ人間に子供を産ませることができる日だから。男も女も関係がない。三ヶ月で種は体に着床して、妊人は体の栄養のほとんどを子供に渡してしまう。だから、体調不良は種が順調に育っている証拠だ。初期は何があるかわからないので、私は親身になって相手に付き添うようにしているが、そうしない者たちもいる。死のうが生きようがどちらでもいいからだ。

三年かけて、妊人の中で育ちその間に周囲の記憶も改ざんして『既に存在している人間(主に妊人の友人としてが多い)』として、子供たちは外に出てくる。そこで役目を終えた人間たちは死ぬのだ。

彼女も三年もすれば死ぬ。けれど、彼女は可愛いので彼女の間との子供は見たい。三年間、私は彼女の恋人でいようと思う。


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