2024/03/19 「ミュージックの日」

どどそそららそ。

ヘタクソな鍵盤ハーモニカの音が響いている。
弾いているのは新一年生……ではない。在留5年目になる同居人だ。

「どこから、持って来たの?」
曲が終わって聞いてみると、同居人は笑って振り返った。
「おもしろいよねぇ。近所の子が公園で弾いていて、話しかけたらもう使わないからってプレゼントくれた」

近所の子……変質者扱いされていなければいいが、と思いながら、微妙な日本語を訂正するべきか迷う。
「小学生でしょ。親の許可は貰った?」
「ううん。たぶん、大人。だって、スーツだったし」
そう言われて、私は首を傾げる。スーツを着た大人が鍵盤ハーモニカを公園で? 考えても意味が分からないので、私は「そっか」とだけ返した。

数日後、公園によると中学生らしき子がリコーダーを吹いていた。
「あの子だよ。ピアノをくれたの」
同居人がそう言ったのでギョッとした。たしかにブレザーはスーツっぽくも見える。でも、顔立ちはまだ幼い。

「あ。鍵盤、楽しんでます? セッションしませんか?」
彼がこちらに気が付いて、そう声をかけてきた。
セッションって……合奏にしかならないようなと思いながらも、同居人と彼の間では話が盛り上がっている。やがて、同居人が私を彼に紹介した。

「勝手に鍵盤を渡してよかったの? 親はなんて言ってたの?」
しまったとは思った。これでは、責めてるようにしか聞こえない。彼が一瞬きょとんとした顔をして、次の瞬間笑い出した。

「ああ。すみません。これ、コスプレです。確かに服も鞄も生徒のものですけど、僕は大人になってます」

そう言って、身分証を提示してきた。童顔の成人済みの生徒コスプレーヤー……めんどくさい属性だ。

「子どもの頃に学んだものが好きなだけです。鍵盤ハーモニカも、実はまだいくつかあるので、別に一つぐらいいいんですよ」

大学生の彼はそう言って笑う。私は謝るべきだと思いながら、恥ずかしくて俯くことしか出来ない。同居人が彼に頷いてさらに何かを言っている。セッションの話の続きらしい。

「君はうちに来て、セッションしよう。歌うだろ?」
同居人は私も誘った。私は小さく頷く。彼もそれに賛同して、三人で歩き出す。

楽器のできない私は歌うしかない。けど……。それはきっと今ではないような気もする。

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