2024/04/18 「発明の日」

「出来た。出来たよ」

妹が部屋の扉を開けて、そう言ってくる。彼女はいつも何かを作っては僕に見せてくる。大抵はとてもくだらないものだが、時々、使えるモノがある。
今、部屋の扉を開けたのも、半自動装置だ。半自動というのはスイッチ一つで勝手に部屋の扉を開ける仕様になってるからだ。

「うん。で、何を作ったって?」

期待せずにそう聞くと「平和の霧」と返ってきた。

いつにもましてわからないが、妹の必死の説明を聞いても全く理解できなかった。

「この霧には人を幸せにする成分が含まれていて、この霧を吸うと争いはなくなるんだよ」

まるで麻薬のようだと思いながら、「危険性は?」と聞くと「ない」と返ってきた。
「でも、幸せって人それぞれだから争いの種が無くなる事には繋がらないと思うけどな」
「違うよ。人はお腹一杯だと争わなくなるんだよ。だから、この霧はその満腹感を感じさせる霧なんだよ」

また失敗作なのだろうと思いながら、「そっか。よかったね」と返すと妹はムッとして「本当なんだから、スイッチを押すから見てて」と目の前でスイッチを押した。やがてピンク色の靄が部屋の中に入って来た。
これは、湿気でカビが出来る失敗作かなと思っていると、「ね。平和でしょ」と妹が言う。意味が分からず、首を傾げる。

妹は気が付いたようにテレビを入れた。
「停戦協定です。相互が停戦を結びました」

A国を侵略していた某国と、民族紛争で争っていた地域と、宗教対立をしていた地域のニュースがまとめて飛び込んできた。どれも『停戦』『和平へ向けての話し合い』となっている。

「すごいな」
思わずそう言ってしまったが、よく考えると『たまたまそうなった』のかもしれない。

しかしその後も、小さな争いを起こしていた地域が立て続けに話し合いの席に着くというニュースが舞い込んできた。仕舞には『核撤廃条約に全世界が署名した』という。

でも、表ではそう言いながら裏では……というのはよくある事だと思っていた。

しかし、一年後さらに思わぬ事が起きた。『国境廃絶』というニュースが飛び込む。どの国も『国』という自治を持ちながらも、交易も旅行も自由化になった。

気になるのは『平和の霧』と言っていたピンクの霧は一年間、その濃さを増したことだ。どの映像にもこのピンクの霧が入り込んでいて、全世界で『謎の霧』として話題になっているが誰も妹が作ったものどころかこの家が発生源だとは気が付いていない。

そして、三年後ピンクの霧はその濃さを増して『他者の存在』を見えなくしてしまった。視覚は一切の役に立たない世界だ。平和の霧以降、妹は何の発明もしていない。

五年後、世界がどうなったのか誰も知る術を持たなくなった。音が消えたからだ。

六年後、香りも消えた。それでもお腹がすくこともなく、僕らは生きている。

色と形と音と香りの消えた世界は、『平和』ではあるが何も起こらない。僕たちは情報を失った。

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