世界よ、刮目するがいい。彼は地獄にその手を差し伸べている。 【 裏 】



 今回は、語り足りないということで【裏】へと参ります。【表】では『紛争地で「働く」私の生き方』永井陽右/小学館/定価:本体1,700円+税――をご案内したかったので、なるべく「私」を出したくなかったのです。
 【裏】では、より私見と妄言が入った感想になりますので、ご注意を。


1)本との出会い



 実は、永井さんの存在は最近知ったのです。きっかけは、YouTube『丸山ゴンザレスの裏社会ジャーニー』でした。


 丸山ゴンザレスさんのYouTubeチャンネルのサムネイルは、なかなか魅力的なんですよ。ゲストさんの有り様を上手く表現されるように思うのです。
 一見、永井さんは爽やかイケメンですが、パート3のサムネイルは素晴らしいの一言です。あのサムネイルの表情を引き出す『丸山ゴンザレスの裏社会ジャーニー』の技術は、文字通り作品の顔だと感嘆してしまいました。
 あえてパート3の映像は貼りません。出来れば順番に見ていただき、加えて『丸山ゴンザレスの裏社会ジャーニー』のご視聴・チャンネル登録もお願いします。番組のファンなので、勝手にしっかり宣伝します。

 では、本題へと参ります。上記の1~3パートを通し活動内容の紹介や現場の現実、その思いを視聴する中、貴重な若者の意見に触れたことへの感謝を持ちました。と、同時に私はいくつかの疑問とバイアス(先入観)を立てていたのです。言い訳をするならば、強烈な仮説といったところでしょうか。
 本を買った理由は、若者を知ることで応援に繋げるためと、何故この手の方が腹を括って利他的な生き方を選んだのか。「働く」動機と転換期に興味があったためです。本当に真っ正直な願いを強く持っていると言いますか。誤解を招く言い方であることは承知の上で申し上げますと、小さな子が持つ純粋な夢を実現している、世界一欲張りな若者、です。本当に、素晴らしく稀有な方。との感想を持ちました。


2)嫉妬の嵐からの敬意


 嫉妬です。ええ、嫉妬しました。普通に嫉妬しません? テストステロンの塊のような若者で、外見はもちろん高身長、高学歴、高い言語力、コネクション、男なら一度は描く有言実行のヒーロー像を体現される若者ですよ。何よりも羨ましいのが、お猫さまです。あんなに可愛いお猫さまが帰りを待っているなんて、心の底から羨ましい。
 それにしても、あご乗せ液体お猫さまのお姿、最高です。私も神猫教に入信したいものですが、こんなライト感覚で宗教を作ってしまえるのは、日本くらいかと思いきや、ベーコン教なんかもありましたか。世界を探せば、ジョーク混じりのハピネスな宗教があるのでしょうね。

 お猫さまについて語り散らしたいのですが、泣く泣く話を戻します。話も盛大に反れていますし。

 嫉妬しますよ、当然ではありませんか。私が叶えられないことや、体験を積んでいらっしゃるのですから。人生は短く、願う全てを叶えることは不可能です。それこそ、血筋や家庭環境、当人の資質や時間のかけ方が異なります。
 そうなると、尊敬するしかありません。私ができないことが出来るのですから、敬意しかありません。はい。なので、私は世界の全ての人を尊敬しています。


3)突然のドーパミン


 本当に失礼な話ですが、大学受験の成功に端を発し、永井さんのドーパミンは次の成功体験を求めて駆け抜けているのでは? などという印象を持ちました。いきなり脳内物質の話が出ましたが、「人間、化学反応で動いてる」から、「神経伝達物質を生産する生物は、そのベクトルで生き方が変わる」と、現在は仮説が変化している次第です。とりあえず、脳に支配されているので、脳と上手く付き合うのが得策ではないかと。



 紹介した動画は引用元も説明され、入門編としては分かりやすかったので参考までに。もちろん深掘るなら是非とも専門家の指導を受けてください。俗にいう「ゆっくりボイス」なので、初めての方は違和感があるかもしれません。画面の歯車から、再生速度を変更できますので聞き取りやすい設定で視聴してください。

 話を戻します。御著書には、かなり凄惨な現実と向き合う現場の方々の様子や、少数精鋭を目指してしまったが故に起きる交代要員不足による負担の大きさ。著者でもある永井さんの正直で不調を訴える赤裸々な状態、その様子は、PTSDまで告白されるに至ります。
 ここまで追い込まれてもなお「仕事」のため、現場に軸足を置くと記されるのは、初心を起こした信念に基づくだけではなく、常人では計り知れない思いを秘めていらっしゃるのでしょう。

 御著書には、現地の写真が掲載されています。その様子は父性だけではなく、母性も感じてしまいました。「仕事」を遂行する姿と表情。永井さん達が差し伸べた手を取った若者達と寄り添い接する姿と表情は、懐深さに「アクセプト」を感じながら拝読しておりました。

 異文化・異教・異国の人間が、狭い世界しか知らない相手を説得したり、社会復帰を促すのは大変なこと。相手にしてみれば「おーい、い*のー。野球しようぜ! お前、ボールな!」と、言われているようなものではないかと想像してしまいました。期待して、または騙されて武装勢力に参加した若者が感じた現実も、そうなのではないかと、ふと考えてしまいます。

 申し訳ありません。不謹慎な感想を並べてしまいましたが、上記のセリフは狭い界隈で漂うネットミームです。
 

4)流れの先にあるもの


 突然ですが、以下の数字は日本国外務省HPより引用します。

[ソマリア]
有償資金協力(2020年まで) 64,70億円
無償資金協力(2020年まで) 213,49億円
技術協力実績(2020年まで) 14,93億円

[イエメン]
2019年度までの援助実績
無償資金協力(交換公文ベース)    788,02億円
技術協力実積(予算年度の経費ベース) 111,02億円
有償資金協力(借款契約ベース)    493,00億円

 以上、引用を終わります。

 私が資金協力の数字を書き込んだのは、「これって日本人の税金でしょう?」とか「日本人の金を流し込んだのに、まだ結果が出ないなんて無駄じゃないか」などと、見る方々に不満を述べたいわけではありません。おそらくではありますが「外国に援助資金を流すな。今は、日本人も大変なんだぞ」と仰る方々は、不透明な資金の流れに危惧をつのらせているのでしょう。ただでさえ、ネット上では公金を吸い上げている話題には事欠きませんし、ある種のアレルギー反応が出てしまった、のかもしれませんね。

 先日、ネット上で「外国に資金をバラ撒くのは止めろ。支援をするより、自国に資金を還元させろ」との意見がチラホラ見受けられました。アフリカ歴訪から戻られた総理の言葉に対する反応らしいのですが。
 一国家が、無い袖を振るわけがありません。海外支援の枠内での発言でしょうし、そもそも2022年8月27日に「2023年~2025年の3年をかけて官民合わせて総額300億ドル(約4兆1100億円)支援します」と発表しています。騒ぐなら、その時点にすべきではないでしょうか。

 国際協力は不可欠です。発展途上国の下に、もう一つ項目があることをご存じでしょうか。それは、後発開発途上国です。2024年までの予定ではありますが、その数は46カ国あり、内33カ国はアフリカです。圧倒的な社会基盤の脆弱性、民族・宗教・利権が絡む紛争、過酷な気候、飢餓、難民等々の問題によって教育・働く機会を奪われ、人権すらも軽視されがちです。国家や法が機能しない悲劇の一端でもあります。
 我が国もかつて、国際社会から温かな援助の手が差し伸べられ復興をとげました。持ちつ持たれつ、あるいは手段として相互主義とは国際法で定められるまでもなく、人間としての心情に基づいて備わっているようにも思えます。

 ただ、歴史や世界情勢、物の流れ、金銭の流れ、人の流れ特にエリート層の流れを思うと、それはそれで私の妄想の糧となるものです。働いても働いても、格差が広がるばかり。昼間の砂漠に水を撒いているのか、ザルに水を注いでいるのか。
 ところで。2022年9月22日、ニューヨーク証券取引所で演説をした際、日本の個人金融資産の額を看板に貼って「確信を持って日本に投資をしてほしい」と、総理が演説していました。金額が幾らなのか、興味がある方は調べてみてください。
 お断りしておきますが、素人が見付けた数字です。このことが何に繋がるのか。何を、どう思うかは、ここまで目を通されてしまった皆様にお任せします。


5)本当の豊かさとは?



 【表】では、『現地に住まわれる方々や、アクセプト・インターナショナルの方々が活動される場を“地獄”などと表題してしまい、申し訳ありません。不快な思いをされた方、お詫び申し上げます。』
 
 と、謝罪文を記しました。誤解を恐れず書いてしまいますが、我が国も十分“地獄”に相応しいような気がします。私も地獄などという忌避すべき言葉を軽々しく使いたくはありません。

 しかし私は、今の我が国は経済紛争でボロボロになっているような気がしてならないのです。欲しいものがあれば間を置かず手に入り、物と食が溢れています。自然が豊かで水が綺麗で、高い技術と公衆衛生が敷かれ、深い歴史と共に生きる日本人は時折、海外の方々の称賛の対象となります。

 はたして、そうなのでしょうか。本当の豊かさとは、一体何を指すのでしょうか。上記では資金援助について触れたついでに、金銭や権力(権限)に関する力(ちから)についての私見の一つを並べたいと思います。

 金銭とは言わば“綺羅火(きらび)”です。一瞬の火花を愛でるのか、あるいは火種に、または鍛造し美しい刀身へと打ち上げるのか。端的にいえば、物とサービスと交換できます。

 だとしても、私は次のように言い切りたい。溢れるほど金銭を流し込んでも国や人は変えられない。人を変えるのは人であり、人を救えるのも、また人しか居ないのだと。

 ただし、金銭で変えることはできませんが、狂わせることは可能です。その手の権力(権限)も、簡単に手に入ります。それを与えてくれる相手に宛がわれたものを全て受け入れることです。その代わり、その相手が生きている限り逆らえないですし、相手が死亡するなり転落すれば一蓮托生。さらに権力維持に努めようと思えば、いつの間にか本来の目的から逸脱してしまっているものです。
 分かりやすくもあり、その通過儀礼はいつの間にか済んでしまう場合もあるので、その境界に気付けるのかは当人の肝の据わり具合と、危機分析をどの程度重ね具合にかかっています。が、起きるときは起きますし、備えがなければ避けられない場合の方が多いでしょう。世間的、学術的、権威や実績があろうと、門戸を叩く相手を間違えると、権力を圧搾装置に転換した先兵の駒と化すのです。縋る相手を間違えると、自ずから進んで深淵に棲まう怪物へと変貌をとげるでしょう。

 腹を見せると、食われてしまう。望みを知られ掴まれてしまうと、飼い殺される。そんな感じですかね。物や金銭で溢れていても死んでしまえば露と消えます。残るのは、一体何なのでしょうか?


6)言葉に効力が宿る時


 使う単語や言葉で、その人の人柄や職種が浮き上がる、とはよく聞く話です。御著書にも、よく出る単語がありました。中でも印象的だったのが「モメンタム」でした。おそらく、弾み、勢いという意味で使用されたのだと思います。

 言葉とは、何でしょう。一つは、音や文章に意味を持たせることです。

 永井さんの御著書について、全ての感想文に目を通したわけではありませんが、皆様あまり関心がなさそうな気配を感じている箇所があるのです。「テロや武力紛争に関わる若者の権利宣言」(永井陽右『紛争地で「働く」私の生き方』小学館、p238~p240)は、かなり重要な部分です。何なら、この宣言のために書かれた本だと感想を持ったくらいです。
 言葉は思いを乗せ、記憶に残ります。書き下せば文書となり後世に残ります。宣言に多くの賛同が集まれば、多くの人間に共有される約束、つまりは条約へと進展する可能性があります。
 お互いが交わした約束を守ることには様々なメリットがある。その点を浸透させることこそが、近代文明人を名乗る者の責務の一つではないでしょうか。

 決して、ノウハウを上から押し付けるのではなく提案して話し合う。ふらっと現場に訪れた永井さんのように。御著書にも触れられていましたが、かつて、ある欧米圏が担当した失態リーフレットの件にもありましたが、日本人が持つ背景や、その感覚だからこそ入り込める隙間は、世界にはまだまだ残されているように思えます。 


6)最後に


 尊敬する先生の御著書の文章と、人間讃歌だと思い込んでいる曲、『SCP財団』でのお気に入りの文言のパロディを、ここまでお付き合いくださった方々に捧げ、幕引きとします。

「あなたは己の墓碑銘に、何を書きますか?」(倉山満『トップの教養』KADOKAWA、p63)

 馬場俊英「平凡」。リンクでも貼り付けるべきなのですが、一般財団法人日本音楽協会と包括契約をしていない(単に恐い)ので、ご案内までに。

「幸運を。老いゆく者より敬礼を」(パロディ引用元・SCP財団/SCP-1983 先のない扉/http://ja.scp-wiki.net/SCP-1983)

 追加で、今度こそ最後になります。Twitterの方で、まさかまさかのご本人様より“いいね”と“リツイート”を付けていただき、恐縮の限りです(スクリーンショットをするくらいの衝撃でした)。ネットの端で呟いていたものでしたが発見されてしまうとは、有難いやら申し訳ないやら。お忙しい中、貴重なお時間を割いていただき、本当にありがとうございました。今後も、世界の端でこっそり応援しております。

 世界一欲張りな若者は、世界一幸せな若者になってください。幸せを知らない人は、相手に幸せを伝えられないでしょうから。

 大変、おやかましゅうございました。では、また。