【小説】倶記3-2
菜々子が作ってくれたサンドウィッチを食べながら、これからの予定を立てる。
驚くことに、彼女は例えこんな簡素な料理でも手を抜こうとしなかった。
聞けば、挟むものの味付けはワンパターンではなく、材料の温度等にも気を遣ったらしい。
俺自身にサンドウィッチに対するこだわりなんてものはないが、どれも美味だとは言わせてほしい。
まあ、そんなことはともかく。
「今日はとりあえずこの街周辺を探してみようと思うんだけど、どうかな。」
リスに襲われたりした影響で、この街の周りは全然見てない。
「灯台下暗し」なんて言葉もあるんだし、とりあえずはこの近場から捜索したい、というのが自分の考えだ。
「ええ、そうですね。私もそれでいいと思います。」
「さんせーい!」
朝っぱらとは打って変わってハイテンションな美月。
ご飯を食べると元気になる、というのは本当らしい。
「あと、私としては街の人にも色々と聞いてみたいのですが…。」
「菜々子ならそう言うかもとは思ってたよ。」
この街に来た時…宿探しの段階から、彼女の行動力は知っていたからこそ、恐らく本題のほうも人に聞くのではと思っていた。
「でも、俺たちってあんまりこの街に歓迎されてる感じがないから、もう少ししてからの方が情報も集まるかなって。」
「ま、あたしはもう慣れっこだけど。」
「そうですね。」
唐突に告げられた美月の言葉に同調する菜々子。
「慣れっこって、あの視線とか?」
そういえば2人とも、全然気にする素振りはなかったな…。
「うん、そだよー。」
「それなりには傷つきますが。慣れたとは言っても、辛いものは辛いですね。」
苦笑いを浮かべながらも菜々子が呟く。
理由には皆目見当もつかないが、色々と深い事情があるんだろうか。
「まあとにかく、外に出てみようか。」
ちょうど美月が最後のサンドウィッチを食べ終えたようなので、立ち上がる。
「人探しさいかーい!」
「今日もよろしくお願いしますね、倶。」
「ああ。」
再開って…美月はまだ人探しらしいことしてないような…。
俺たちが宿を出たのは、それからすぐのことだった。
全員を見つけるまでには相当の時間がかかるだろうと、もう数泊分の予約をした後に外へ。
この国の埃っぽい空気とはっきりしない曇った空は相変わらずだったが、昨日と違う雰囲気を感じた。
「…なんか、妙だな。」
「え?そうですか?」
「あたしはそんな変わってないと思うけど。」
しかし2人は同時に首をかしげる。
変に思ったのは自分だけだったらしい。
「じゃあ、気のせい、かな。」
まあ、優先事項としては人探しなんだし。
「まずは私と倶がこの街に入ってきた入り口の方面に向かいますか?」
「はーい!」
「うん、そうだな。」
菜々子から提案に僕も美月も特に異論なく賛成した時だった。
「そこの人たち。お待ちなさい。」
「…え?」
「はい?」
「んー?」
「不意打ち」とはまさしくこのことである。
自分たちを引き止めたのは、この街では珍しい出立ちをした女性だった。
紫のローブをしかと身に纏い、その素顔はほとんど隠されていて。
声の調子からすると、まだ二十代ほどの若い人だろうか。
「そちらに行くのは構わないけれど、それよりも反対側の入り口に行った方がいいんじゃないかい?」
それにしては口調がおばあさんに近い。
「えっと、どうしてですか?」
「今日の早朝、そこに突然背の高い木が生え、瞬く間に森となったそうだよ。」
「う、うそ…。」
「この土地に森だなんて。」
ここ「ブレイクストーン」は荒野の広がる国。
森なんてものがあるはずないし…。
何より、突然木が成長するなんて、はたからみればかなりおかしな話だ。
極め付けは…。
「貴方、どうしてそんなことを俺たちに…。」
いくらだって伝える人はいただろうし、見て見ぬ振りだってできたはずなのに。
「さあね。ただ一つ言えるのは、貴方がこの国を救った勇者様、だからかね。」
彼女の言葉はどれも淡々としていて、ただでさえ顔が見えないのに、余計に表情を汲み取れない。
何かを隠しているようにすら見える。
「…知ってらしたんですか。」
「ああ、少しだけだけどね。」
菜々子といいこの不思議なローブの人といい。
俺は確かに勇者だったけれど、ほとんど勇者としての名は通っていなかったはずだ。
どうして、だろうか。
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