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1.ゲーセン野郎卒業

僕はもともとバンダイナムコという、ガチャで今をトキメク大企業の業務用ゲーム機部門で働いていた。今でこそ、ガチャゲームの大成功で毎年増収増益だけれど、僕が入社した頃は海外でPS3のクソゲーを作りまくって大赤字を出して、そのうち潰れるんじゃないかと噂されていた。僕が働いていたのは、その業務用のゲーム機部門の海外営業部だった。

ゲームセンター市場は日本の規模が著しく大きいため、会社の売上の大部分が国内市場に依存していた。そのため、海外市場向けのローコスト仕様の商品を開発する機能が社内になかったので、営業部に所属はしていたが、途中から筐体の設計を海外のメーカーと連携して行ったり、ソフト開発も含めたプロデュース業務をやっていた。

もちろん、営業だったので、裸踊りをしながらゲーム機を売ったり、錆びついた機械を売ったせいでヤクザっぽいゲーセンオーナーにバーに監禁されたり、密なお客様との触れ合いもあった。

また、開発面だと、部品販売用のWEBサイトの開発から、海外のゲーセンにゲーム機をレンタルして確実に残金を回収できるオンラインシステムを開発&運用したり、日本の機械のコストダウンバージョンを海外の開発会社と協力してアジア圏に数千台規模で展開したり(トップ画の左端の簡素な筐体が僕が開発したやつ)、だいぶ好きに働かせてもらった。いろいろと嫌なこともあった気がするのだが、楽しかった事しか思い出せないので、とても幸せなサラリーマンライフだったと思う。

退職した理由は海外でエセ和食店をやりたいというのが最も大きな理由で、これについては次回詳しく書くが、他にもあのタイミングで辞めた理由が二つあった。

1個目は斜陽産業で働くのに未来が見えなくなったこと。

ゲームセンターは基本的に大規模な商業施設がガンガンできる時にしか店が増えない。そのため、少子高齢化真っ只中の日本だとどんどん売上が減りお店が減っていく。

メインの市場の日本の売上が激減する中で、僕の担当の東南アジア売上は伸びていたけれど、市場規模が10倍以上違うので、日本の売上を補填するには至らず、事業部の業績はどんどん悪化していった。

社内のいろいろな人と喧嘩しながらコストダウンを進めていたけれど、国内市場の縮小具合を見ると、作れば売れた時代の国内市場を前提とした組織は長くもたいだろうと思った。

2個目は会社の上司が一斉に変わった事。

一個目の業績不振の責任を取る形であるタイミングで上司が全員消えた。新しい上司に恨みは一切ないけど、もう一度今までと同じ人間関係を構築するのは正直面倒だと思った。

ゲーム会社といっても、創業して40年近く立つ事業部では、本当に泥臭い人間関係がベースに物事が動いていた。新しいトップのもとではその点も刷新されたのだと思うけれど、どうせ新しく人間関係を構築するなら、全く別の業界に行きたいと思った。

そんなきっかけで2016年の7月末、僕は七年間勤めた会社をやめることに決めた。


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前職の経験は役立ったか?

ゲーセン向けの機械はギャンブル機械と同じ扱いをされる国が多く、輸入、運営時に適応される法律が明確でないことが多い。そのため、他部署の人に聞いても、よくわかんないけどリスクの高いことはしないでくれみたいな返事が多かった。仕方がないので、輸出規制とか法務とかややこしいけどコンプライアンスに引っかかりそうな話は自分で調べて、勝手にすすめていた。

僕は大企業に属していたけど、分業されたシステムの中で働くというより、自分で調べて予算を取って進めることが多かった、この経験は今もとても役に立っている。一方、僕が凄く苦手だった大企業ならではの、礼儀作法とか、酒席での動きとか、上司との対応とか、そういうのを役立てる機会は今のところ来ていない。

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