見出し画像

過去未来日記

その女は子どもの頃、三世代同居で祖父母も一緒に住んでいた。
女の祖父は少々変わり者で、その土地の言葉で言うところの「あがすけ」だった。いわゆる目立ちたがり屋、お調子者だ。傲慢な男でもあった。
そんな祖父は自分から電話をかけると「オレだ」と、決まって「オレ」と名乗って話し始めた。
昭和の終わり〜平成の初め頃。
オレオレ詐欺と間違われるわけでもなく、電話をかけた先も親戚だったり近所の友人だったり馴染みのところであり「オレ」の正体を知っているので、お互い何事もなく話し続けていた。
そんな祖父を見ていた女は、祖父が子どもの頃にはまだ電話がなかったから、電話をかけるときのマナーやルールを誰にも教わっていなくてまずこちらから名乗るということが身についていないんだろうなと思った。
祖父は昭和2年生まれ。家に電話が引かれたのはいつだろうか。
平成とともに小学生になった女は、学校の緊急連絡といえば連絡網だった。
連絡網の心得として、電話のかけ方も小学校で叩き込まれたものだった。
「〇〇ちゃんのお宅ですか?〇〇でしたけれども〇〇ちゃんお願いします。」(※過去形なのは地域柄らしい。ケンミンショーで前にやっていた。)
こちらから名乗る、話したい相手の名前を告げる。家の電話の基本。
じいちゃんは学校で習ってないからできないんだな、マナーとルール、大事だよ、と女は子ども心に思った。

2024年。
名乗ることもなく電話をかけていた祖父が亡くなって20年近く経つこの令和の時代に、名乗ることもなく匿名で、まあ正確にいえばハンドルネームだが、ネットの大海原に好き勝手書き散らしている女がいる。
かつて、電話で名乗らない祖父をマナーが身に付いてないと思っていた、その女である。
女は言った。
名乗るのがマナーだなんて知らない、ネットの大海原は心の叫びを好き勝手書き散らせる空間なんだ、そうやってもう20年以上生きてきたんだ。
言論の自由だ!誰にも止める権利なんてないよ!
女は今日もSNSに勤しむ。たわいない日常を発信する。

その女を、マナーを誰にも教わっていないから好き勝手振る舞っていいなんて思ってるんだな、インターネット、SNSのマナー、ルール、学校で習うよ?と冷たい目で見る男が現れた。
その女が産んだ子である。
もう小学校高学年になる。
インターネットに友達の悪口を書いたり、SNSで知り合った知らない人に会ったりしちゃいけないんだよ。学校で習ったよ。

うちの親は学校で習ってないからインターネットもSNSも使い方がおかしいんだな、と男は子ども心に思った。

数年後、男はSNSに現れた。
女のSNSのアカウントを見つけたのである。
おい母親、オレのことを勝手に書くなよ!
ふざけんなよ!オレの人生はオレのものだ!
匿名でもハンドルネームでも、人のことを勝手にネットの大海原に流すとかやめろよ!
オレ親ガチャ外れだわ、あーあ。

男の書き込みには親ガチャ外れ仲間が集まり盛り上がっている。

(※自戒を込めた半フィクションです)