相園 健次

相園 健次

最近の記事

いやな男(6)

女はドリンクを飲み干し、ついに立ち上がると、バーカウンターの隅に席を移した。瓶ビールをグラスに注いだ。女は諦めたように笑って、頬まで覆う髭を生やした店主に向かって言うだろう。 ……「今回も最低でした」今度は吹き出すように笑って「まるでセンスがない男でしたよ」 「あいかわらず厳しいねえ」店主はアイスピックを持ち、慣れた手付きで氷を砕いている。 「赤くした眼をいやらしく細めて、唇を片方に寄せてニヤッと……まるで女のことならなんでもわかってるっていうような顔つき……自意識過剰でう

    • いやな男(5)

      「会計はいらないよ」男は早口に言ってから、それじゃ、といって立ち上がると、カウンターで勘定を払い店を出た。  女の方は帰ろうとせず、その場にしばらく座っていたー一体彼らは何について話していたのだろう…。見ると女は必死にあくびをこらえ、目の隅を濡らしている。絹のような頬には大人っぽい顔立ちに合わず、少し赤味がさしていた。…  長いこと女に魅入っていた。うつむき加減に足を組み、組み替えて、女はなにかを待っているようだ。右側のテーブルの帽子をかぶった男がもう片方の男になにやら説教

      • いやな男(4)

        じゃあ、酒を飲まない女が悪いね」帽子の男が意味深に笑っていった。「バーに男と来て酒を飲まないなんて、そんな女、おれには我慢ならないなあ。男は鎖につながれた痩犬にでもなった気持ちがしているだろう」 「悪いということはないんじゃないか。何を飲んだって自由だよ」  頭上のスピーカーからむせび泣くようなサックスのソロが流れ始めた。…確かに、男たちの言う通りかもしれない。二人の置かれている状況がまるでその通りであるように空想できた。女はいまごろ絶望感に襲われているだろう。両手で男の肩

        • いやな男(3)

          入り口の扉を間にして左手のテーブルには、うなだれて黙りこくった男女がいた。男は酒を飲み、眼を赤くしているが、なんとなく青白い顔をして、落ち着き無くハイライトのケースの尻をとん、とんと指で小突いてはたばこを出し入れしている。女の方はというと、ずっと下を向きっぱなしで、ときおりウーロン茶らしい飲み物をストローで吸って飲んでいる。女はとんでもなくかわいかった。大きな瞳に、情緒たっぷりの眼差しで、口元は挑発的に、常に緩く開いていた。 「なあどう思う」右側のテーブルに座る帽子の男がい

        いやな男(6)

          いやな男(2)

          右手のテーブルには男二人組のスポーツマン風の学生が椅子に浅く座って、ハイネケンの瓶をあおり、女の体の話に花を咲かせていた。下品な話題ではあったが、酒のつまみにはもってこい、といった調子に興奮し、彼らはかなり早いペースで瓶を空けていく。一本、二本、三本…、本人たち自身はとくに意識していないだろうが、それは見ていて気持ちの良いほど圧倒的な早さだった。  気持ちが良いのは飲みっぷりだけではない。彼らは服の上からでもわかるほどの、禁欲的な洗練された肉体を持っていて、その肉体がまとう

          いやな男(2)

          『いやな男』(1)

          店内は酔っぱらいと、まだ酔っぱらっていない人々で賑わい、熱れでかなりむんむんとしていた。木曜日とは思えない混み具合。偶然に空いた入り口の扉そばのテーブルに座った。  『ラジオ』は犬小屋を大きくしておめかしさせたようなこじんまりとしたバーで、そこには学生がたくさん集まった。行けばだれかしら知り合いに会えるようなところだが、一度顔を赤くしただれかに絡まれればたいてい陽が出るまでは酒宴が続くことになった。店内にはどうやらその日も今風の服装を着、赤や黒のコート、ジャケットを椅子の背

          『いやな男』(1)

          馬鹿の話

          馬鹿が居る 数ある誘惑に焦がれ 三文小説を物し 貞操を買う #詩#馬鹿

          ひどい詩人

          彼はまったくひどい生き方をする いぼいぼ顔、禿頭、暴力、色情魔、愛蚤家、狂気、脆弱 読書家、不敵、臆病者、正直者、詩人、露悪、飲んだくれ… まったく打つ手なし! #詩#チャールズ・ブコウスキー

          ひどい詩人

          電車にて

          薄明るい朝、列に並んで、からっぽの電車に体を乗り入れる 五人いて、三人は女、男が二人 女はそろって胸を半分だし、ヒールを履いた、 出稼ぎでやってきたらしい、酔っぱらった日ノ出町の売春婦 男の一人はぎこちなく笑う、不満そうな、町一番のでぶで、 一人は磨り減った体に、青い顔の、偉ぶった貧乏人 こちらも同じく、二人して酔っぱらっている、けれども、 とにかく、よりもっと酔っぱらうふりをして、 女たちを、ちら、ちらと見ている 一番若い女が、冷たい、うるんだまなざしで、 足を組み、顎を