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大海の鯨大海を知る、されど

僕の敬愛する方はこう仰いました

【偶然とは、複雑の極致なり。】

と。今なら、そのお心持ちが少しだけ僕にも分かる気がします
【袖すり合うも多生の縁】というように
この身に起こる事柄を"ただの偶然"と片付けるのはあまりに難く、安っぽく
"奇跡"や"運命"と賛美するのはもっと陳腐で

「(【青天の霹靂】、【瓢箪から駒】…は、少し違うか)」

兎角、思いがけないことでした
貴方との出会いは、貴方は……
僕の人生を続かせるに足り過ぎる

「初めまして!よろしくお願いします!!」

ニコニコと人好きのする、警戒心のない笑み
僕の事情は知っているだろうに、聞いているだろうに
それでも屈託なく笑う様に僕まで笑ってしまった
いい人だと思った。親切で、優しくて
直向きに頑張る姿に手助けがしたいと思った
…今であれば、驕り高ぶりであると分かる

「有難う御座います!」

彼女はよく、感謝を口にした
些細な事、些末な事でもなんでも…そんなに気にしなくていいのにと幾度思っただろう

「でも、それくらいしか出来ないから」

感謝を口に出来る人間、というだけで好ましいのに
彼女は謙虚で遠慮しいだった。益々、好感を持った。好きになった

「(そんな彼女に見合うように努力をしよう)」

そう、思った。誓ったはずだった
自らの失態に気付いたのはほんの些細な出来事だった
いつだって笑顔だった彼女の顔が曇った、陰った。取り繕うには全てが遅すぎて

「…有難う御座います、嬉しいです」

嘘だ、と思った
無理矢理、こじつけたような笑みにはた、と気付いた。どこまで自分は鈍いんだろうと恥ずかしくなった

「(彼女が笑っていたのはいつだって僕の為じゃないか)」

新しい場所で不安があった
上手くやっていけるだろうかと心配があった
それが払拭されたのは彼女が笑顔で迎えてくれたからだ。全て、彼女のお陰だった
のべつ幕無しに投げられる優しさに救われた。助けられた
息付く暇もなく働く姿に心を打たれた。感服した

「こんな事しか出来ないので!」

我武者羅に、遮二無二に
努力を"する事しか出来ない"という彼女に酷く悲しくなった
なんでも自分で出来る、なんでも自分で熟せる…
その背景を鑑みたことなど、今まで一度もなかった

「(悔しい、悔しい、恥ずかしい)」

思い上がっていた自分が兎角、恥ずかしかった。情けなかった
綺麗な言葉遣いだって、大袈裟な位の反応だって
全部が全部、僕の為だと思うと不甲斐なくて仕方なかった

「(これじゃ駄目だ、このままじゃ駄目だ)」

彼女のために変わろうと思った
傷つけてしまった分を取り返すだけじゃない…彼女が、彼女らしく

「(喜怒哀楽ココロまで、人に明け渡したりしないように)」

生きられるようにと、そう思ったんだ



出来る以上をした、続けた
やれる限りを尽くした、もっともっと。と
いつからだろうか、彼女の顔が生き生きと明るくなりだしたのは

「(何か心境の変化でもあったのかな)」

思っても言わなかった。聞き出さなかった
言いたければ言うだろうし、言いたくなければ言わないだろうと
ただ、いつだって耳を傾けられるようにとしていた
いつだって膝を折り、手を差し出せるようにとしていた

「有難う御座います!」

彼女の口は、言葉は。いつだって綺麗だった
感謝を述べ、人を労い、称えた
それもまた、彼女なんだろうと思った。彼女という人なんだろうと思った
ただ、少し…ほんの少しだけ、彼女の声には彼女の感情が見えやすくなった気がした。気のせいかもしれないと思ったけど

「貴方が好きです」

そんな言葉が出てしまった。抑えられなかった
貴方の「有難う」に好意を……愛を感じてしまった

「好きなんです、誰よりも」
「貴方が好きです」

一度、口から出してしまえば後は容易かった
恥ずかしさがなかった訳じゃない。けれど、不甲斐なさに沈んだ時の羞恥に比べればあまりにも細やかだった

「わ、たしも……貴方が好きです…」

泣かせるつもりはなかったけど
出来れば、笑って欲しかったけど

「(…どちらでもいいか、そんなことは)」

取るに足らない、あまりにも些細な違いだ


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