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全く稼がない男性を何人も養ってきたけど、結局家庭は作れませんでした

トイアンナ

年収を気にしない。それが私の結婚観だった。

10代からフェミニズムをインストールされてきた私にとって、「女性らしさ・男性らしさ」なんてものを押し付けられるのはまっぴらごめんだ。もしパートナーが私に家事育児を全部やれ、三歩後ろを歩けと言われたらSNSでさらし首にしてやるだろう。

代わりに、男性だって稼ぎ頭になる必要なんてないし、何なら専業主夫になっていただきたい。そんなつもりで、数々の男性とお付き合いしてきたつもりである。

実際に、養った男性も複数いる。早くは学生時代から、バイトを鬼のように掛け持ちし、起業までしてパートナーを養っていた。結婚相手も、1名は主夫であった。で、結論として現在は別の相手と再婚し、共働き家庭にすっぽり収まっている。

敗北感。何と戦っているんだ、と言われたらそれまでだが、私は日本の慣習と戦いたかった。そして叶わなかった。今の私は、典型的なDINKs(ダブル・インカム・ノーキッズ=共働き子なし家庭)を築いており、来年には子が生まれる。

どうしてこうなったのか。過去を振り返りたい。

結婚に強く縛られた就職活動

家事、それはやっかいな労働だ

まず、家庭的な男性、つまり主夫になってくれそうな男性との出会いが少なかった。ときは2010年。私が通っていた大学は割と保守的で、男性はより稼げる=モテるところを目指して就職活動をするものだった。

対して女性は、総合商社の一般職になって結婚するのが「勝ち」だった。女性の憧れ雑誌『VERY』はいかに稼ぐ夫を捕まえてセレブな生活をするかを誇っていた。女子大生のバイブル『CanCam』は、愛され女子をキーワードに、男性からいかに見初められるか、テクニックを披露していた。

「ゴールドマン・サックスと、三菱商事の一般職に内定したんだけど、どっちに行くべきだと思う?」
なんて相談を受けたのも、この頃だ。今ならゴールドマン・サックス一択だろう。何しろ、稼ぎが違う。だが、当時の女性なら悩んだはずだ。バリバリ働く女はモテない。結婚できない。

だが、ゴールドマン・サックスなら戦友である同僚男性と結婚できる可能性がありそうだ。とはいえ三菱商事の一般職なら、社内だけでなく、社外でも出会いはありそう。三菱グループの社員限定「ダイヤモンドファミリークラブ※」に入れば、グループ社員のお見合いをセッティングしてくれる。

そう、私たちのキャリアは「結婚」に強く縛られていた。

ダイヤモンドファミリークラブは2021年5月31日に活動を停止した。

主夫志望の男性を探すのに一苦労

専業主夫志望の男性と出会えない

そんなご時世、専業主夫志望の男性に出会うことは結構たいへんだった。「専業主夫になりたい」と言うだけで「ヒモじゃん」と一笑に付されるのが宿命だったからだ。当時、専業主夫に向いているであろう同級生も、次々と総合職へ就職していった。それしか道がなかったのだ。

女性が差別される社会は、男性が差別される社会だ。結婚、主婦のキラキラピンクの道が敷かれている私たちと引き換えに、男性はイバラの出世競争へ放り投げられていた。

それでも、主夫業をやってくれそうな人はいた。最初に私が目を向けたのは、学者志望である。学者になるには、博士課程まで進まなくてはならない。ストレートに進学しても、博士取得時には27歳。そして、文系院生ならストレート卒業はまずありえない。つまり、30歳前後までは稼ぎがないのである。

幸いにも家事が好きな大学院生を見つけた私は、19歳から23歳までの期間を共に過ごした。彼の学費・生活費を工面するために、朝から晩まで働いた。当然、アルバイト代だけではまかないきれず、起業にも手を出した。そんなわけで、当時の私の年収は、35歳の現在よりも高かったくらいである。

ところが、付き合って数年目に陰りがさした。
「なぜもっと家事を分担しないのか」
「なぜ学生なのにもっと勉強しないのか」

と、彼が怒り出したのが、最初のきっかけである。

朝8時から夜23時まで、アルバイトをしていた私はキレた。「誰が稼いでると思ってるんだ」と喉まで声が出かかった。これではただの、モラハラ妻である。

そして家をあけることが多かった私を後目に、彼は浮気を始めた。その数、実に5股である。ある日、何気なく借りた彼のパソコンで、mixiの送信箱に「君はフルートのように美しい。今の彼女と別れたら結婚しよう」とコピペのメッセージが4人に送られていたときの衝撃は、一生忘れない。

「だって、寂しかったんだもん」
と説明されたときは、脳の血管がちぎれるかと思った。

その後、家に帰ると浮気相手の女がいる事件がおきたり、彼が泣きながら土下座したので再構築を決めたり、それでも無理で私が自殺未遂までやらかしたり、すったもんだの末に彼を追い出した。

ただ、このときの私は「主夫を養うスタイル」を諦めたわけではなかった。今回の失敗を活かせばいいのだ。あと恋愛沙汰でメンヘラになるのは二度とごめんだ。というわけで私は精神療法を受け、ついでに就活を終え、社会人になった。

主夫志望でなくても家事をやってくれれば


家事を積極的にやってくれれば

次に出会った「主夫になってくれそうな男性」は、起業したいと語った。私も自営業をコツコツやっているが、目指すところは安定中小企業である。対して、Jカーブ(ぐんぐん成長して上場まで目指すような成果を出す売上カーブ)を描きたい起業は難易度が高い。

事業計画作成、最低限の資金調達、仲間集め、サービスのプロトタイプ制作、消費者調査、プロトタイプ修正、リリース、リリース後の資金調達……と、果てしなくやることはあり、しかもその間は無収入である。

米国の親の所得階層別の起業家の割合

これは、米国で「親が金持ちであればあるほど、子どもは起業家になれる」という相関を示す残念なデータだ。そう、起業フェーズでは金がない。それを支えてくれるのは太い実家である。または、太い妻か。いずれにせよ、必要なのは当座の食い扶持だ。

AirBnBだって、ローンチ後1年は鳴かず飛ばずのサービスだった。だから、起業は金にならない前提で始めなくてはならない。
「じゃあ、その間は養うから、家事よろしく。起業は好きにやってみなよ」
というのが、私の取ったスタンスだった。

結論として、うまくはいかなかった。彼は家事も起業準備もしなくなったのである。家で寝たりゲームをしたりしている彼に、私はしびれをきらした。

そして、自分の知る範囲で、起業のステップを指南した。彼はそのステップに従って事業計画を練り、小さなサービスをローンチした。ところがローンチ後すぐ、一転して「こんな事業をやりたいわけじゃなかった」と仕事を放り投げた。

一度ローンチしてしまったサービスだから、いきなり畳むわけにもいかない。なぜか私が尻拭いをしながら「結局、この人は起業をするつもりはないんだな」と心中で切り捨てた。家事も起業もする気はないんだな。まあ、それはそれでいいか。家でニコニコしていてくれれば、家庭は円満だし、と。

それはそれで、幸せな家庭だと思ったのである。情緒が安定しているパートナーが家にいてくれることほど、稼ぎ頭にとってありがたいことはない。

ただ、この”心中における切り捨て”は、いかに隠そうと相手に伝わってしまうものである。この先は彼のプライバシーに触れるので書かないが、彼の鬱憤はたまり、まあまあ大惨事になった。それが結婚の終わりになった。

というわけで、私の主夫を養う試みは、2回とも大失敗したのである。

共働きの楽さに気づいてしまった

共働きで楽さを知ってしまった

そこで、今の夫である。私は働くのが好きで、1日12時間労働くらいが気持ちいい。それに付き合い切れる男性は、今まであまりいなかった。今の夫は、私と同じくらい働いている。旅行に仕事用のPCを持っていって、いざというときに備えたい、なんて気持ちも分かってくれる。

そして、家事をやってくれる。何なら、今まで養おうとした誰よりも、家事をやってくれる。私がささやかな夕食を出した後、自然に食洗機へお皿をセットしてくれる彼に感動した。「やって」とお願いしたらしてくれる男性はこれまでにいたが、自然な動作で済ませてくれる人は初めてだ!

今年の7月から9月まで、私は妊娠にともなうつわりで寝たきりだった。その間のありとあらゆる家事を、彼は担当してくれた。夫が神様に見えた。そう、この世には「共働き志向で、さらに家事もしてくれる」男性がいたのである。

結婚費用は割り勘でいいし、外食は奢ってくれることもある。こんなこと、主夫を養っていたらありえない。

そうなると、「専業主夫をしてくれると口では言っているものの、本当に家事をやってくれるか不明な無職」を養いたいという気持ちが雲散霧消してしまった。私はこれから、ずっと共働き男性を求めてしまうと思う。

私は戦いたかった。稼ぐ女性なら、パートナーを養うこともあるぞと。だが、私は現実として失敗した。そして、共働きに落ち着いている。この世には、家事も仕事もやってくれる人がいるのだ。その威力の前に、今の私はひれ伏している。

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