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Air Abrasive Technicを用いた歯髄保存への応用

 日常の歯科治療での歯牙の切削には、主にエアータービンやエンジンドリルによる回転切削具が使用されているため、切削時の加圧、振動、発熱、騒音、疼痛、臭気等の不快現象が避けられず、特に作動時のタービンによるキーンという金属音やエンジンの低速切削によるガリガリという骨伝動様の振動が痛みを連想させるため、患者が歯科治療を嫌う要因になっていることは周知するところである。

 また、近年先進国において歯科における医原性疾患や院内感染が社会問題になり、ドイツのシーメンス社はエアータービンの回転数による歯牙への種々な影響についての膨大な実験と研究の結果、十数年前からヨーロッパ向けユニットの標準装備にはマイクロモーターを2器、エアータービンは1器にし、エアータービンはもっぱら充填物や補綴物の除去用に使用されているのが実状である。現在、欧米では歯牙切削具としてはマイクロモーターが主になっていることからも歯牙にダメージを与えない、できるだけ生体にやさしい切削装置の開発に努力している姿勢がうかがえる。

 わが国においても、エアータービンによる歯牙切削時の硬組織および歯髄に及ぼす影響に関する基礎研究の結果、その為害性が多くの論文で報告され、歯髄保護の立場からエアータービンによる歯牙切削がとりわけ開業医の間から見直されるようになってきた。

 このような趨勢をふまえ、最近エアータービンも回転数をマイクロモーターなみの25万RPMに抑制し、注水量も70ml/minまで可能な、しかも回転速度にムラがなく歯髄の損傷を最小限に抑えるような機種が開発されてはいるが、タービンのような回転切削装置は原理上ドリルの回転によって切削するため、歯牙に直接接触させなければ削除は不可能で、前述したような加圧、振動、発熱、切削音を完全には防止できず、細心の注意を払わないと歯牙の切削量も多くなり、回転数、加圧による発熱で健康象牙質および歯髄に障害を与えやすい性状にあることは否めない。

 それでは、過去に回転切削以外の方法で歯の硬組織を切削する方法は考えられなかったのか、当然疑問をもつわけだが、R.B.Blackは1945年にKinetic Energyを応用したAir Abrasive Technic(噴射切削装置)を、Nelsonらによってエアータービンが開発される十年も前に考案し、S.S.White社が歯科臨床用としてAirdentを製作している。そして、噴射切削は切削時の疼痛、さらには回転切削に認められる加圧、振動、発熱、切削音等の不快事項が少ないことが1953年にMorrisonらによって報告されている。

 しかし、当時の技術では粉末と圧縮空気の微妙な調整が困難で操作性にも問題があり、歯牙の切削装置としては不完全であったことや噴射切削による多量の酸化アルミナ粉末の飛散も重大な欠点となり、その後高速エンジン、ウォータータービン、オイルタービン、エアタービン等の開発が進み実用化されたことから、開発が中止されたままでいた。しかし近年ハイテク技術の進歩に伴って噴射切削の利点が活かせるような新装置が、1991年米国Ametrican Dental Leser社からKCP2000として、1994年には米国Sunrise Technologies社からMicro Prepが最先端技術を駆使し開発された。

 Air Abrasive Technicは超微細な酸化アルミナ粒子(Al₂O₃50μm)を圧縮空気によってノズルから噴出させ、そのジェット噴射によって歯牙の切削、加工、処理や窩洞形成を迅速かつ的確に行うシステムで、その原理はEinsteinの方程式E=1/2MV²に基づくKinetic Energyを応用したもので、Mは質量、Vは粒子速度を示し、粒子の速度が増加すればエネルギーEは増大するしくみになっている。臨床においてはAl₂O₃の微粒子を高圧の空気を用いて歯面に高いカイネティックエネルギーで衝突させることにより、瞬時のうちに硬組織を散在させるため、タービンやレーザーのように高温になることなく、注水も不必要で術式も簡単である。

 そのため、本法は歯髄に及ぼす影響がきわめて少ないことが病理組織学の基礎研究で報告されているように、酸化アルミナ粒子による噴射切削は健康歯質の損傷を最小限に抑えながら、無麻酔下で歯質を除去できる歯の切削にはもっとも人にやさしいテクニックだと思われる。


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