見出し画像

生物学的な咬合論 その1咬合系とその機能的関連 

咬合の育成とその機能 

 歯の最も重要な機能は、云うまでもなく咬合・咀嚼機能である。その機能が不全である場合の障害は、単に食物摂取に不自由をきたすことにとどまらず数多く問題をひきおこす結果になる。この場合、生体に調和した機能回復は歯科医の最大の仕事となっているが、その多くは、もっぱら機能不全が発現してから対応しているのが現状である。しかし、現代の歯科医療が予防と早期治療に主眼をおく必要性からみると、咬合・咀嚼機能をとりまく生物学的な条件やその変化様相について充分な認識を深めておくことが極めて重要となる。

 咬合は動的な機能であるが、その機能を営なむ基本的な構造は顎顔面・頭蓋部を構築するすべての骨とその成長や筋の生理的条件の統合された結果である。生理学的咬合は次のように定義づけられると私は考える。

(1)神経、筋肉に対してバランスがとれていること。

(2)歯周組織に対して害がないこと。

(3)顎関節に対して異常を起こさないこと。

(4)咀嚼やその他の機能を十分にはたすこと。

(5)審美的な要求を満たすことetc.

 咀嚼あるいは咬合問題を歯科臨床の実際で、どのように扱い再構築する際には、日本の口腔生理学Oral-physiologyの草分けであり、その学理はスカンジナビア諸国の咬合学やアメリカの口腔生物学の分野にまで大きな影響をもたらした咬合生理学の第一人者である河村洋二郎先生(大阪大学名誉教授)の咬合理論とそのメカニズムについて、著書 歯科学生のための『口腔生理学』の諸言で述べられているので、そのまま紹介させていただきます。


 
諸 言
 
 生理学 Physiology, Physiologie はラテン語 Physiologia から由来したものであって、自然学あるいは“natural knowledge”という意味である。19世紀にはいってから、それが次第に本来の意味が変わり、現在用いられているような〝生体で行なわれている現象を研究し、それらの間に存在する法則を明らかにする科学″ として定義づけられるようになった。すなわち、生命現象の分類、それらの相互関係、各器官のもつ機能の特性、重要性、意義、機能を決定する条件などを研究する学問が生理学ということになる。ゆえに科学としての生理学は、それ自身の目的のため研究されなければならないのであって、医学、歯学、獣医学のみに応用すべく限られているものではない。医学分野においても,生理学の研究は人体生理学の問題や臨床的応用のみに限られているわけではない。口腔生理学も、歯科医学に応用するためにのみあるのではなく、学問としてそれ自身目的を持っている。ここに口腔生理学は次のように定義することができよう。すなわち、〝口顎に関する機能・現象を研究し、それらの間にある法則を明らかにする科学″あるいは〝口顎に場をおいて広く生物界の生命現象を解明する生理学の一分科″である。 しかし、人間の関心は昔から自分自身の身体に向けられているので、生理学は人体を対象とする医学に付属して、また医学によって最も強力に刺激され発展してきた。今日では生理学的基礎の上にきずかれていることが近代医学の特徴となっている。近代歯科学も口腔生理学的基礎の上に立つべきものである。
歯科大学や歯学部は将来歯科医となる人や歯科学の研究者になる人を教育するのがたてまえであるから、これに則って教育内容や教育方法、取り扱う課題などが考慮されるべきで、口腔生理学の教育では歯科臨床の生理学的基礎としての面を特に重視している。
さて、生活歯は血液を介してあるいは神経を介して全身すべての部分と密接な関連をもっている。また歯の最大の仕事である咀嚼機能の遂行には、口腔にあるすべての組織や咀嚼筋および顎関節の機能が密接に協力することが必要であり、とくに咀嚼運動は脳神経系によって高度に支配調整されている。さらにいろいろの系統的疾患の原因が口腔疾患に起因することがあり、逆に系統的全身性疾患が口腔疾患を生じさすこともある。ゆえに歯科医あるいは医師が正常の口腔機能あるいはその病的状態を理解するためには、これらの点に関係する生理学的基礎知識を持つことがきわめて必要である。ゆえに、口腔生理学においては単に歯のみを問題とするのではなく、むしろ歯の生活するmedium とその他の口腔諸組織の機能をも研究対象とし、それら器官の機能的相互関係を明らかにするとともに、口腔や顎のもっている機能と全身の各機能系との相関関係をも重視している。
最近歯科学が急激に発展してきたのは、従来軽視されていた口腔の機能についての研究がたいへん進んだからである。義歯作成にあたっては、患者の顎の動きや咳合に注目する。 しかし、顎運動は神経を介する阻瞬筋の働きで関節が動くことにより生じるのであるから、機械的な面からのみ顎運動や咳合を理解するだけでなく,顎運動を起こさせている生理機講を十分理解しなければならない。また歯科矯正や歯科治療科での診断処置には舌、口唇、あるいは咀嚼筋の力や働き、全身、局所の代謝変化をも無視するわけにはいかない。歯痛に対しては痛みを伝える神経や口腔超織の特腔を考慮しての処置が必要であろう。
このようにして、生理学的知識を十分に活用するならば従来単に慣習的に行なわれてきた無意味な処置やムダを省くことができる。多年努力してやっと到達することができたある種の治療技術や診断に関する知識をはるかに短い期間で獲得することさえ可能であろう。さらに、外観だけ治すのでなく、その機能についても、患者が満足できるように治療することが理想であり、それには口腔や顎の生理学を知らなければならないのは自明のことである。
口は食物を咀嚼する以外に会話や呼吸運動に際しても重要な働きをしている。 これら以外にも各種の生理機能を口は遂行しているが、咀嚼に関する口の生理機溝を知ることによって口の他のすべての生理を多かれ少なかれ理解できる。
ゆえに、口腔生理学の講義は、口の最も大切な機能である咀嚼現象にその焦点をおいて行なうのが最も得策であると私は考えている。本書はこのような理由で咀嚼現象の生理学を中心に執筆した。なお学生の参考書であることと頁数の都合上、文献は省略したことをおことわりしておく。   

上記、『歯科学生のための口腔生理学』河村洋二郎著からの引用  




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?