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Minimal Interventionの観点から歯科のう蝕治療に欠かせないAir Abrasive Technic&Laser機器について <その3>

【レーザー治療について】

 某大手新聞に”虫歯を溶かして飛ばす新治療” ”痛みもなく再発も防止” ”アレルギーや妊娠中でも安心”という見出しで、歯科治療用レーザーが数人の臨床家へのインタビューを交えて紹介された。
 内容を要約すると『レーザー光線を使った新しい歯科治療が話題を呼んでいる。摂氏千度以上のレーザー光線で虫歯を蒸散(溶かして飛ばす)。
初期治療なら麻酔薬なしでも痛みがないうえ、虫歯の再発も防げるという。
麻酔がだめなアレルギー体質の人や、歯をガリガリ削るのが嫌で歯医者を敬遠してきた人も、これなら大丈夫かも』…読者の興味を引くために少しセンセーショナルに書かれてはいるが、概ね誤りはない内容になっている。因みにここで表現されていることは、国民が抱いているわが国の歯科治療に対するイメージをマスコミが代弁したもので、歯科にかかるほど悪くなるRestorative Cycleを身をもって体験している患者の実感がこもっているように思われる。国民の願望である痛みもなく再発もない歯科治療は歯科診療のアメニティを向上させるのみならず、歯科の受診率を高める結果につながるものと考える。
 約100年前にGB.Blackがアマルガム、シリケート充填やゴールドインレーを基本にした窩洞形成の原則を提唱して以来、現在でも大学では学生に窩洞形成の基本的な考え方として教育し、臨床実習でも金科玉条として守らせている。しかしながら近年、Restorative Dentistryの分野においては歯質接着性レジンの進歩に伴い、治療術式も今までとは異なったGB.Blackの窩洞形成の原則にとらわれる必要がない、まったく新しい治療法がなされるようになってきた。また米国において、最先端技術を駆使して再生した噴射切削器が1991年に発売されて以来、年間3500台に達している事実は、このような背景と殆どの症例が無麻酔下で処置できることから由来しているものと思われる。
私的な意見だが、Air Abrasive Technicは治療経験を積むにしたがって臨床の応用範囲も広がり、歯科治療の新しいシステムの構築につながるものとして今後の歯科治療の流れを変えるものと思われる。
 今日、歯科治療に応用されている痛みを軽減または麻痺させる手段としては、イオン導入法、笑気吸入鎮静法、レーザーの応用、東洋医学によるツボ麻酔、注射麻酔、全身麻酔等があるが鎮痛効果の点からは麻酔薬によるものが確実で最適と思う。しかし麻酔薬の薬理作用により患部の血行不順、自然治癒力の低下、二次疾患の原因や麻酔薬そのものによる生体への影響などを考えると無神経に使用するのは問題である。また、高齢社会に伴い、多くの他科疾患を有する患者も増加しており、全身管理の下で使用せざるを得ないケース等を考えると、これからの開業医にとって麻酔薬による鎮静手段しか持ち合わせないのは医院経営上の戦略からも不利になると思われる。
 現在筆者が使用している鎮静緩解用機器としてAmadent Neophor(Iontophoretic Appticator)、Myo-Monitor、Pointer F-3、F-3、F.D.TEAS、four‐Luck DL-103(低出力レーザー)、four‐Luck LD (低出力レーザー)
Four-Luck LD2(低出力レーザー)、炭酸ガスレーザーLaserSAT 炭酸ガス(高出力レーザー)、Nd-YAGレーザーSunlase Master(高出力レーザー)があるが、今回は5年前から使用している歯科用高出力レーザー(炭酸ガス、Nd‐YAG)応用による鎮痛効果とMicro Prepの併用による無痛的な治療システムを中心にご紹介したい。

【痛みの発生機序】
まず予備知識として「痛みの発生機序と痛みの悪循環」についてまとめると、痛みのメカニズムについては未だ解明されてない点が多いが、ひとつの考え方として表1のような諸要素が関わりあって症状としての痛みが生じると考えられている。はじめに、炎症や外傷などの何らかの痛みの原因となるものが知覚神経の末端を刺激して、それが脊髄に伝わり、さらに脳に伝達されて、刺激が「痛み」として自覚される。また、自覚された痛み刺激は運動神経および交感神経の興奮を惹起し、痛みの生じている部位を中心に筋の緊張、血管の収縮をもたらす。これらは痛みを生じている部位に乏血を促し、組織の酸素欠乏そして発痛物質の生成と滞留を促進し、さらにその発痛物質が知覚神経の末端を刺激するという痛みのあくを形成し、末梢神経に刺激を繰り返し与えると誘発されるスパイク数が次第に増加していく「ワインドアップ現象」を引き起こす。
 また、光には熱的作用のほかに、リンゴの実を赤くしたり葉を緑にするような作用があり、レーザー治療とはこのレーザーの光としての性質を生体刺激として応用するもので、ヘリウムネオンレーザー、アルゴンレーザー、Nd-YAGレーザー、炭酸ガスレーザーそして半導体レーザーなどが利用されている。これらのレーザーによる生体刺激は、血流改善や血管新生の促進、コラーゲン新生の亢進、生体活性物質産生の亢進、免疫能の向上、神経興奮性の抑制などに関与し、疼痛緩解効果をはじめ抗炎症効果、創傷治癒促進効果などがあると考えられている。
 なお、レーザーによる疼痛緩解効果については未だに不明な点が多いが、その作用が生体を正常な状態に戻すよう働きかけ、痛みを緩和すると考えられている。レーザーによる疼痛緩解メカニズムの解明は、高齢社会のなかで痛みを訴える患者が増加している点からも、おおいに期待されている。
 ここで表2を参考にしながらレーザーの持つ生体への作用が疼痛緩解メカニズムとも関連が深いと思われるので、その作用機序をまとめてみた。

【レーザーの生体への作用】
 
1.筋の弛緩、血管の拡張、血液の改善
  痛み刺激によって生じる筋の緊張、血管の収縮をそれぞれ正常な状態に
  向かわせ、局所の乏血を改善する効果がある
 2.発痛物質の代謝促進
  痛みによって生体内に産生される発痛物質の代謝を促進し、痛みの悪循
  環を断つ効果がある
 3.生体活性物質産生の促進
  鎮痛作用をもつ麻薬様物質の産生を促進すると考えられており、このこ 
  とはレーザー照射による疼痛緩解作用が、麻薬様物質の拮抗薬であるナ
  ロキソンにより抑制されることで示唆されている
 4.神経興奮性の抑制
  痛みは、刺激によって生じる神経の興奮によって伝達される。レーザー
  は、この神経の興奮を抑制する効果があると考えられている。

 作用機序に作用機序については以上の要素が挙げられるが、最近の分子 生物学の発展に伴い、”痛み”を遺伝子レベルで解明しようとする研究が急速に進んでおり、レーザーの麻酔効果についても解明されていくと思われる。
 ここで、レーザーの医療への応用について簡単に歴史をひも解くと(表3)、1960年Maimanが世界初のレーザー発振に成功し、翌年度には科学領域において網膜の光凝固に応用されている。国内では70年代に入り炭酸ガスレーザー手術装置の開発が始まり、75年には実用機が完成、80年には国内初の炭酸ガスレーザー手術装置が持田製薬により発売されている。
 一方、低出力レーザーの医療への応用はMesterがヘリウムネオンレーザー
などを難治性皮膚潰瘍治療に使用したことにより始まり、国内でも医科においては80年代後半から疼痛緩解効果を中心として治療にレーザーが応用されている。歯科においても低出力レーザー(半導体レーザー)が象牙質知覚過敏症、口腔内手術後の治療促進、根充後の違和感、口内炎などの口腔粘膜疾患、知歯周囲炎の消炎など多岐にわたり、その疼痛緩解、治癒促進を目的として使用されている。
 さて「レーザー麻酔」という表現が学問的に確立されていない今日、安易に「レーザー麻酔」という用語を使用していいのか疑問に思うところだが、筆者は敢えて本誌においては、歯牙および軟組織にレーザーを照射し、麻酔効果が得られた状態を仮の表現として「レーザー麻酔」とする。
 日常の臨床を通してのレーザー麻酔に対する筆者の所感は、その特性を利用して疼痛の軽減、あるいは抑制、無痛化に利用するもので、その奏効状態は注射麻酔薬のように神経系を遮断する神経ブロックとは異なる。
 レーザー麻酔は歯髄の震盪(Concussion of the dental pulp)法や前項で述べてきたレーザーの効果因子に基づく、特に4.の痛覚伝導路の抑制などにより生体の痛覚閾値の上昇、疼痛反応の変化に起因するものと思われ、麻酔薬のように局部が完全に麻酔した状態にはならない。そのため、まったくの無痛状態で治療を行うには麻酔薬を使用する他はないが、患者にとっては感覚を持ちながら我慢できる範囲で治療を受けられ、麻酔薬による術後の不快感がないなどの利点を考慮するなら、症例によっては十分に臨床に応用できる術式である。
 実際に、筆者は歯冠形態の大半にレーザー麻酔を活用しているが、必ずしも全症例に効果をもたらすものではない。そのため、まったく無効の場合には照射方法が適切であるのか適応症例であるかを再度確認した上で、明らかに無効と判断したときには漫然とした照射は中止し、他の麻酔法に切り替えている。

【レーザー麻酔の実際】
 筆者が、レーザーによる麻酔法を初めて伝授されたのは昭和大学歯学部第1保存学講座の松本光吉教授からで、その後もレーザー治療に関していろいろとご教示いただいており、ここで誌面を借りてお礼を申し上げたい。
 さて現在、筆者がNd-YAG高出力レーザー、および炭酸ガスレーザーを麻酔の目的で照射するときには図1a、bのように、De-Focusの状態で術者自身の指の爪に照射し、僅かな温熱を感じる程度を照射条件にしている。この際、照射光は一点に集中しないように停止することなく時計方向の右回りに円弧を描きながら照射し、照射角度、照射部位を正確に把握しながら以下の要件を守ると、より効果が得られると思われる。
①照射光については、ファイバーの先端が炭酸ガスレーザーの場合にはヘリウムのガイド光が、まっすぐに指向性のよい状態にする。
②照射光が歯髄に侵入しやすい角度で照射する。
③照射光の出力は、炭酸ガスレーザーの場合には、最小出力に、Nd-YAGレーザーの場合には1~2w、パルスは10~30PPSに設定する。

【照射方法】
 1.歯冠部直接照射法
  照射要件を守りながら歯冠部に直接レーザーを照射する方法である。
  照射部は唇側(頬側)、咬合面、舌側の方向から照射する(図8a~c)。
 2.根尖部照射法
 
 歯牙の根尖部に照準を合わせて照射する方法であり、図2、3の解剖図を 
  頭に浮かべながらX線像を確認することが望ましい。照射方法としては
  歯根の長さと方向を確認し、唇側(頬側)および舌側の2方向から根尖 
  に向けて照射する。レーザーの作用としては、歯根尖部の血液循環障害
  を改善し、組織を賦活させ、レーザー刺激により痛覚閾値を上昇させる
  と思われる。

 筆者は、主に歯冠部直接照射法を採用しているが、より効果を期待する症例には根尖照射法を併用している。
 では、実際にレーザー麻酔とMicro  Prepを併用した臨床例を紹介したい。
図4、5は筆者が現在使用しているNd-YAGレーザーと炭酸ガスレーザーであるが、今回はNd-YAGレーザーによる症例を報告する。麻酔の奏効状態は、両者ともあまり差はないように思われるが、炭酸ガスレーザーは出力が高いので、患者によっては軽い痛みを訴える場合があり、術者の経験を必要とする。レーザーを利用するにあたっては、術者ならびに患者は眼を保護するためにレーザー用眼鏡を使用する必要があり(図6)、照射光はDe-Focusで回転させながら遠くから徐々に患歯に向かって近づくように照射することが肝要である。最初から接近さた状態で照射すると、かえって神経を興奮させる結果になる場合があり、騙すように接近させるのが大切である。
 図7はレーザーの設定条件を2W、20HZにした状態だが、歯質の厚さによって1~2wの範囲内で調整する。一般的には前歯部は弱く臼歯部にいくほど強く設定する。図8a~cはブリッジの支台歯になる右上7番を歯冠部直接照射法でNd-YAGレーザーによる麻酔を行っているところだが、前述した要件を守りながら頬側、咬合面、口蓋側と歯髄に向けて右回りに回転させながら照射する。なお図8cは歯冠形成時に患者が痛みを訴えたので、再度同じく照射しているところだが、このような場合には繰り返し照射する。図9は根尖部照射法を併用する場合にNd-YAGレーザーの反応を高める目的で、根尖該当歯肉部に墨を塗布した状態である
 図10a、bはレーザー麻酔下での歯冠形成終了後、術後の知覚過敏の予防と補綴物装着後の二次齲蝕予防のためフッ素を塗布しレーザー照射を行っているところだが、筆者はRestorationする歯牙にはすべて同じ処置をするようにしている。また、図11a、bは、日常臨床でよく遭遇する症例で、健康歯質を保存する目的で形成したトンネル状の窩洞の模式図である

【症例報告】 これまでレーザー麻酔の作用機序と術式について限局して述べてきたが、図12~79で報告した症例においては、レーザー麻酔と同時にレーザーの特性である齲窩の殺菌効果、窩洞の乾燥、知覚過敏および二次齲蝕の予防などレーザーの多様性を十分活用、使用している。 なお、Air Abrasive Technicでは殆どの症例において無麻酔下で処置可能であるが、本稿のテーマが無痛治療のシステム化ということであるため、レーザー麻酔の紹介を兼ねて、レーザーを使用した症例を報告した。

【おわりに】
 
1945年にRB.Blackによって考案されたAir Abrasive Technicは、10年後に出現した高速タービンによってその後の開発は中止されていたが、1990年代になって今日の最先端技術を駆使し再生された。
 本法は従来の回転切削にあるような切削時の加圧、振動、発熱、騒音、疼痛、臭気等の不快現象がなく、殆どの症例に無麻酔下で治療が可能なため、歯牙に対し最も生理的で人にやさしい歯牙切削法である。そのため患者自身はもちろんのこと、術者にとってもストレスが少なく、歯科治療のアメニティを高めるのに貢献する機器である。また、近年の歯質接着性レジンの進歩によって、歯科修復治療の原則、流れが大きく変わろうとしているなかで、Air Abrasive Technicの出現は従来の歯科治療の考え方や術式を見直し、まったく新しい治療体系(システム)を構築するものと確信する。
 約100年前に、アマルガム、シリケート充填やゴールドインレーを基本に、GB.Blackによって提唱された窩洞形成の原則は当時の歯科材料の性状からは当然であり、現在でもメタルによるRestorationにおいては守るべき原則であると思われるが、このほかの症例においては優れた接着性レジンの開発によって、この原則にとらわれる必要がなくなった。
 筆者がAir Abrasive Technicを臨床に導入した理由は、今まで述べてきた背景をふまえ、殆どの症例で無麻酔下で治療可能で、必要以上に健康歯質を削除することなく、歯髄の保存療法にも威力を発揮し、術者の発想によっては限りなく適応症が広がる高度先進医療機器と考えるからである。


  



  
  

    



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