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ティッシュ・コンディショニングの応用と限界               ー歯槽骨の保存を求めてー (その4)

 近年、義歯の再製、改床(Rebasing)、裏装(Relining)、即時義歯(Immediate Denture)、治療用義歯(Treatment Denture)あるいは移行義歯(Transitional Denture)において顎堤粘膜の変形や損傷を放置したまま印象採得することは稀であり、イニシャル・プレパレーションの一環として組織調整剤(ティッシュ・コンディショナー)の使用によって組織をより健康な状態に回復させたのち、印象の術式に入るのが常識になってきた。このことはオーバーデンチャーにおいても例外ではなく、コンディショナーの性状を治療用義歯に活用することはオーバーデンチャーの支台歯を選択する上でも有利である。さらにティッシュ・コンディショナー(Tissue conditioner)は組織の調整剤として使用するのみならず、材料の持つ流動性ならびに弾性の特性を利用して機能印象材(Dynamic impression)としても積極的に応用されている。しかしティッシュ・コンディショナーは使用法を誤れば期待とは裏腹に、種々の傷害を引き起こす原因となることも留意すべきである。義歯床下のコンディショナーが流動性、弾性を失っているにもかかわらず使用し続けた場合、症例によっては口腔粘膜に為害作用を及ぼすことにもなる。Candida albicansなどの口腔内細菌により、コンディショナーの粘膜面の表面のみならず、深部にまで浸蝕作用が起こり、顎堤粘膜の炎症や潰瘍を惹起することがあるので、口腔内環境によっては目的に応じて頻繁に新しいものと交換することが必要である。

 ティッシュ・コンディショニングが社会保険に導入されるようになって、日常の臨床で手軽に使用されるに至り、多くの症例発表がなされるようになったが、コンディショナーを口腔粘膜疾患の治療剤として応用する場合、その治療効果にも症例によっては限界があるように思われる。乳頭状過形成のようなDenture fiblomaに対しては、増殖性変化や上皮下の慢性炎症が軽減することはあっても、消失することはなく、その治癒効果には大きな期待が持てないことがMcClatchey,K.D.らの臨床実験で報告されている。私もティッシュ・コンディショニングの限界を知り、通常のPlaque ControlとOral Physiotherapyに重きを置いた処置内容に変えてきた。このようにティッシュ・コンディショナーの性状を熟知したのち、症例に応じた適切な活用方法を日常の臨床で確立したならば、将来さらに応用範囲が広まる材料であると考える。

 ここでティッシュ・コンディショナーを使用するための具備条件(基本的な原則)として、以下の条件が満足されることなくコンディショナーを使用しても、まったく無意味な行為になってしまうことは臨床医ならばだれもが経験するところである。

(1)正しい咬合関係を確保すること

 義歯の安定を阻害する原因となっている咬合接触や中心位での咬合において側方に滑走したり、咬合干渉が認められるような咬合関係を持つ義歯は、ティッシュ・コンディショニングの前に咬合の改善を行うことが必要である。簡単な調整で可能な症例については直接口腔内で咬合調整を行うか、あるいは即時重合レジンを添加修正することで改善を試みるが、大幅な調整が必要な場合にはリマウント操作による咬合器上での咬合再構成を施した方が確実である。

(2)正しい咬合高径を求める

 義歯の再製や即時義歯(治療用義歯)を必要とする患者は咬合関係や咬合高径の双方に問題があり、(1)の場合と同じように修正の度合いによって口内法か咬合器を使用する方法のどちらかを選び正しい咬合高径を改めて設定すべきである。

(3)義歯辺縁の修正

 使用中の総義歯を利用したり局部床義歯を修理することで治療用義歯や移行義歯を製作する場合、床縁が有効な支持組織を被覆しているかどうかが問題になる。例えば、上顎ではハムラ・ノッチに至る顎堤まで被覆し、また正しいポスト・ダムになっていること、下顎についてはバッカル・シェルフや洋梨状(S状)隆起が床縁で正しく覆われていることが大切である。もし義歯の床縁が不十分ならば直接口腔内かピックアップ印象等による模型上で義歯辺縁を修正する必要がある。

(4)義歯の粘膜面に適切な緩衝を確保する

 (1)、(2)、(3)の条件が整えられたならばコンディショナーが均一に入るためのスペースを義歯の粘膜面に求める。約1.5~2㎜の深さになるようにレジン床を削除し確保する。

(5)ティッシュ・コンディショナーが常に均一になることを確認

 以上の五つの条件を全て完了させたのち、ティッシュ・コンディショニングに移る。ここでの操作を誤れば最終義歯にも影響を与えるため、来院時の定期的なコンディショナーの交換に際し、常に前回と同じ状態に保つことが重要である。もし、コンディショナーの厚みに変化が生じ、均一な層が確保できなかったならば、義歯の咬合関係にも変位が生じ、咬合の再調整が必要になる。特に、ティッシュ・コンディショニングによるリベースを前提にした場合、義歯の変位は咬合関係のみならず、口唇と人工歯の位置的関係をも変えてしまう結果になるため、上顎義歯のコンディショナーの交換にあたっては、毎回同一の状態に装着されることが重要である。また、前歯部の垂直的、水平的な被蓋関係のくるいは審美的な観点からも好ましくなく、一般的にティッシュ・コンディショニングをした場合、術前と比較して上顎前突になる傾向があるので注意すべきである。単純なテクニック・エラーを防止する策としては、堅固なデュプリケーターを用いることが最善であると考える。

 このように(1)から(5)までの具備条件が整えられて、はじめてティッシュ・コンディショナーの材料的な特性が生かされ、目的とするティッシュ・コンディショニングが達成されるものと思われる。

*その1~その4は私が1985年Quintessenceに掲載した雑誌から引用した内容ですが、症例を見たい方はバックナンバー(Volume1~4  1985年1月10日)を参考にして下さい。

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