(1)キャラ立ちのないトップ
外国の政治ミステリーが好きで、よく読んだ。諜報組織が出てくるやつだ。まぁ簡単に例を挙げると、映画の『007シリーズ』のようなもので、むずかしく説明するとA・J・クィネルみたいなもの。
大学を卒業してからは勤め人で、それも電車での移動が主だったので、好きなだけ読めた。肉関係の商売に変わってからは配達で車に乗りっぱなしだったので、なかなか読む時間が取れなくなってしまった。それでも、わずかな隙を見つけては、翻訳ものをよく読んでいた。
本全般が好きなので、もちろん他のジャンルも読む。全てのジャンルを見れば、日本の作家のものが最も層が厚く、面白い。しかし政治ミステリーに関してだけは、日本は歯が立たない。欧米産に、2歩も3歩も差がある。
ただこれは、作家の力量が劣っているからではないと思う。書こうにも、材料がないのだ。
NHKのBSが深夜に流している『世界のドキュメンタリー』で、以前、ビンラディン暗殺のものがあった。「上」「下」2回に分かれている、力の入ったものだ。そのドキュメンタリーには、当時の大統領、オバマが出演していた。本物だ。それもインタビューだけでなく、再現場面での演技もしているのだ。
その最大のヤマ場、暗殺を実行するかという場面。オバマは側近たちと集まり、協議を重ねている。衛星から撮った画像では、本物かどうか断定できないのだ。何度も何度も、見直す。しかし分からない。特殊部隊を送るなら早くしないと、またどこかに移られてしまう。影の長さや歩き方など、あらゆる分析を行うが、答が出ない。決定権は大統領。皆がそれぞれの意見をぶつける。
そこでオバマは、少しだけ1人にさせてくれと言って立ち上がり、別室に籠る。時は押し迫っていて、側近たちはいらだつが、その扉はしばらく開かない。そして扉は開き、オバマは側近たちの前まで進むと、「実行だ」と決断の一言を放つ。
もちろんドキュメンタリーなので、脚色しているだろう。あまりにかっこよすぎる。また、これと似たような場面を政治ミステリーもので読んだことがある。それはクィネルの『バチカンからの暗殺者』で、KGBの魔手に使い古された言い回しで申し訳ない)準主人公の女性が捕まった場面だ。主人公のミレクは、すぐ助けに行かなければならない。しかし仲間の集まる部屋で、彼は少し時間をくれと言う。そして別室ににこもるのである。1秒でも急がなければいけない場面で、仲間たちは苛立つ。中には、呼びに行こうとする者もいる。しかし別の者に止められ、じっと待つ。そして主人公が出てきて、絶妙の打開策を披露し、そのとおりに実行して見事彼女を救い出すというストーリーだ。
真似たわけではないだろうが、なんとなく似てる。まぁ、絶体絶命の場面で主人公が敢えて一拍置き、冷静な判断で計画の成功を導くというのは、ヒーローものの常套手段でもある。キャラを立たせようとすれば、しぜんに似てくるだろう。
これは映像だが、海外ミステリーでは実在の政治家が登場するものもいくつかある。名前は変えているけどあの人だろうなと、すぐ想像できるものも多い。そういう人たちが、絵になる書き方をされている。
しかしこれは、欧米だからできることで、日本では無理なのだ。あまりにキャラ立ちしなさすぎる。キャラ立ちと言っても、なにも背がスラッとしているとか、鼻筋がとおっているとかでなくてもいい。風体は冴えなくても、「脳みそに筋肉があるんじゃないか」と思わせる人物もいる。
しかし日本のトップは、そのどちらも当てはまらない。さきほど、小説家たちのせいじゃないと言ったのは、こういう理由からだ。日本を舞台にした政治スリラーは無理なのだ。
日本の無能トップを主人公級にすると、真実味がなさすぎてドラマにならない。重要でむずかしい世界的な問題を判断するような器に、とても見えない。もちろん、実際のところは分からない。しかし、世界のみんながそう受け止めていることは確かだ。日本の政治家が重要な場面に絡んでいる政治ミステリーを、ほとんど読んだことがないからだ。
作家たちは現実味を持たせるために現状に合わせるので、人々に、日本の政治家に切れ者のイメージがあれば、それを使う。ないから、使わないのだ。
もっともロシアみたいに悪者に書かれることもない。ロシアはソ連崩壊後も悪役だ。欧米の読者にとっては、中国よりもロシアを敵対国にした方がリアルで売れるのだろう。
正義のヒーローでもなく、狡知に長けた悪役でもない、キャラとしてまったく立っていない日本のトップ。コロナという難解な局面で、さらにその存在が冴えないものに成り下がっている。ホントに書きようがない。使いようがない。
駄文ですが、奇特な方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いいたします。