『すずめの戸締り』から見る働く大人の現実とダイジンの祈り(ネタバレ注意)


新海誠監督 最新作 『すずめの戸締り』
とても良い作品でしたね!

すずめと宗像のラブ・ロマンスを主軸に、
すずめ一家が抱えていた過去やわだかまりを清算していくストーリーが美しい景色と共に描かれていく様は少し切なくも、情熱的でよかったです。

しかし、この物語の裏側には
働く大人達の辛い現実と
彼らに対する新海誠監督の厳しいメッセージが隠されていたのです!
ということで今回はメインストーリーはあまり触れず、サブメッセージを主題に書いていこうと思います。


さて、この作品のタイトルは『すずめの戸締り』となっているように、基本的に劇中ではすずめ視点で進んでいきます。
すずめ視点からみた『すずめの戸締り』を軽くまとめてみましょう!


  • ある日、登校中に宗像に会う

  • 廃墟内でドアを見つけ、好奇心からドアを開き要石(ダイジン)を抜く

  • みみずの出現を確認、宗像と共に戸締りを行う

  • 椅子に変えられてしまった宗像を元に戻すため、ダイジンを追う

  • 道中で様々な人々と触れ合いつつ、扉を閉めていく

  • 東京に現れた大ミミズを鎮めるため、宗像を要石として打ち込む

  • 要石となってしまった宗像を助けるため、芹澤の車にのり、東北の実家へ帰る

  • たまきさんと和解

  • 常世で宗像を助け、代わりにダイジンを要石として打ち込む

  • 過去の自分と遭遇。和解

  • 災害にあった故郷の過去が残る常世への扉を閉め、未来へ歩きだす


こんなところでしょうか。
私が鑑賞中にまず感じたことは、すずめが旅の中で関わっている人々がことごとく接客業と呼ばれる職業に着いているということです(海部千果は民宿、二ノ宮ルミさんはスナック勤務、芹澤朋也は教員)。
すずめは彼らと飲食を共にしつつ、それぞれの家庭、環境、経験を知って仲良くなっていきます。
別れ際には服や帽子をもらい、制服姿で飛び出した少女から旅行する女子高生への変わっていきます。そして最後には制服姿となって、宗像を救いに故郷に戻るんだから印象的です。
…話が逸れましたね。
つまり、すずめは旅の中で仲良くなれた相手は接客業などの”見える労働者”だったわけです。

では、旅の中で対立していた相手、ダイジンはどのような存在だったのでしょうか?

ダイジンは一柱の神様であり、作中外共にマスコットのように振る舞っています。
宗像曰く「気まぐれが神の本質」ですが
すずめの一言でしゅんとしたり
終盤の展開ですずめを助けるなどなんとも人間らしく描かれていました。
個人的に強く共感してしまったキャラでもあります。

彼はもともと要石であり、常世からくる災いを陰ながら沈めていた存在です。
具体的な数値はあやふやですが、千年も前からずっと同じ仕事をしてくれていた、先人(千神?)でもあります。
そして、作品中でそれを知っていたのは閉じ師の人だけでした。
つまり、彼は現実でいうところのインフラの工場やコンテナ配達、生産工場などを行う“見えない労働者”だったわけです。

では、少し視線をずらしてダイジン視点でこの物語を見てみましょう


  • 長い間、災いを収める要石としてミミズと戦っていた

  • ある時、すずめに引き抜かれその業務から解放される

  • やることを失い、すずめの家に来たら、餌をもらい元気になる。

  • 要石としての業務を宗像へ呪いとして押し付ける。

  • 像が要石になるまで 開く扉へすずめと宗像を案内する(人々へ愛嬌を振り撒いたり、戸締りを行うすずめを褒めたりしてる)

  • 東京にて宗像が要石となり打ち込まれる

  • すずめは自分の事が好きだから要石の業務から自分を解放した訳ではないことを知る

  • 宗像を助けようとするすずめに同伴する

  • 常世への扉の前ですずめに感謝され元気を取り戻す

  • 解放された宗像の代わりに要石となり、すずめに打ち込まれる


ダイジン視点から見るとこの物語は、
苦しい業務から解放された人が再び若い2人のために元の業務に戻る
なんとも苦い話なんです。

こうしてみると、自由になったダイジンが人々からチヤホヤされるのは現実のインフルエンサーのように見えますし、
すずめが戸締りを終えた後、嫌みなほどダイジンが褒めるのも、工場見学に来た学生の実務体験に拍手を送っているようなものに見えてきます。
実は扉にすずめ達を導いていたのは
「こんな大変なことを俺はやってたんだ!」
と言いたかったのかもしれません。

もう一つの要石の化身のセリフに印象的なものがあります。
彼は要石を「人の手で返せ」というのです。
その通りに作中では要石を打ち込むのはすずめとなっています。
この行為はとても残酷なものです。
宗像が要石になりかけていた時の心理描写からもそれが汲み取れます。
ダイジンはよりにもよって、一度解放された後に再びこの苦役に就くのです。押し付けるすずめもまた、罪を負うことになります。


さて、ここまでで1900文字ほど書きました。
一度休憩、主題と離れた話をします。

私はこの作品で一番好きなキャラクターは芹澤です。
なんてったって曲の趣味が古いのがいいですね!『ルージュの伝言』『夢の中へ』すずめとたまきさんの仲が悪くなった時に
『けんかをやめて』を流すシーンはついつい笑いが溢れてしまいました。

この作品は一貫して重いです。
災いは日本人であれば切っても切れない地震として現れますし
女子高校生が廃墟にあった暮らしを閉じていくという話がそもそもしんどいですし
たまきさんも養子のいる生活に抱えるものがありますし
すずめ自身が被災者であり、自分の命を軽視し続けるのです。

そんな中、芹澤はマイペースにすずめ達を支えてくれます。あの適当さにどれだけ救われたか

この作品が『火垂るの墓』のようにならなかったのは、彼のおかげと言っても過言じゃないでしょう。

さて、雑談はこれまでにしてダイジンの話に戻っていきましょう。

すずめによって自由になったダイジンは幸せだった筈です。
さらに、彼が要石になるかどうかは彼の意思次第でした(石だけに)
なぜ彼は再び要石になったのでしょうか?

すずめのためだよ!というのは簡単ですが、それ以外にも忘れてはいけない人がいます。

そう、宗像 草太です。

ここまでの考察から宗像というキャラクターを考えると彼はかなり特別な位置にいます。

彼は閉じ師という”見えない労働者”でありながら、教師という”見える労働者”になろうとしています。
彼は「重要な仕事ほど見えない方がいいんだ」
と言うほどに、閉じ師という仕事に誇りを持っていますし、要石達へ尊敬を送っています。

彼に対し、ダイジンは終始淡白な反応を示しています。
扉を閉める際もすずめに対してしか話していません。
宗像に押さえつけられたときも、「まだ気づかないの?」と煽るばかりです。

ダイジンは彼に要石の業務を押し付けた訳ですが、これは現実社会に置き換えてみると、業務の引継ぎです。
もしすずめに出会う前であれば、宗像はきっとこの結果を受け止めていたんだと思います。

しかし、彼はすずめに出会い惹かれてしまいます。聡明な彼が自分が要石になっていることを認められないほどに、彼はすずめと先の未来を生きたくなったのです。

そして要石となってしまった彼をすずめが引き抜く瞬間に、
彼がすずめと生きていきたいことをダイジンは知ることになるのです。

ダイジンは彼の先輩です。
後輩には好きな女がいて
自分が辛い業務を引き受ければ彼らは幸せになれるのです。
悔しいですけど、引き受けるのが先輩としての矜持でしょう。

さあ、辛い業務を引き受け、これから先も苦しみ続けるダイジン。
彼にとってこの物語は
「後輩のために犠牲になった」
で終わってしまうのでしょうか

当然、違います。
彼には与えられたものがあります
そう、”感謝”です。

常世への扉の前で、すずめは導いてくれたダイジンへ感謝を告げます。
ただそれだけで、痩せこけた彼は大袈裟なくらいに元気になりました。

また直接的ではありませんが、宗像は一度要石となり要石になる事の大変さを理解しています。
そして最終シーンですずめと共にもう一方の要石を打ち込むことになります。

すずめと宗像はこの世の中を支える人々に感謝し、彼らが抑えている常世への扉を閉めて前へ進むのです。


私がこの物語から受け取ったものは
地震や災害などの大きな悲劇が起きていない世界の裏側には、陰ながら仕事を行う人々がいる。
そんな彼らに対して我々は感謝を送るべきである。
という、ありきたりではありますがとても重要なメッセージです。

私自身、大学院生です。
それこそyoutuberやインフルエンサー、tiktokerなどの見える仕事の方々を"推し"として感謝、応援しています。
しかし、毎日の生活の中で工事現場の点検を行っている方、トイレ清掃などをしてくれている方など、見えない仕事の中でも比較的身近な存在にさえ、感謝の気持ちを伝えられているかといわれると怪しいです。

そんな状況を変えようと、エッセンシャルワーカーの方々にハイライトを当てた、『新海誠流プロジェクトX』がこの作品の裏に隠されていた!
とここまで読んだ方々にはわかってもらえたと思います。

さて、この映画の宣伝内で大きく取り上げられたのはダイジンでした。
ローソンなどではコラボ商品が発売されており、かわいらしいダイジンを見ることができます。

今までこの世の災厄を防ぎ続け、後輩たちのためにこれからも見えない仕事をし続けてくれるダイジン。

今こそ、推してみてはどうでしょうか?

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