海で暮らした夏のこと
21歳の夏、東南アジアの海を揺蕩っていた。
毎日海に行くんじゃなくて、毎日海に浮かんでいた。アメリカのクルーズ会社の仕事に受かり、船に乗って暮らしていたのだ。
あの頃、身の回りの全てがイヤで、どうしようもない焦燥がどこに居たって押し寄せてくるので、現実味のないどこかに逃げたくて仕方がなかった。
休学していた専門学校には戻りたくなくて、
もう1年以上国を超えた遠距離をしている恋人のことばっかり四六時中考えて気が触れそうだった。
久しぶりに出会った恋人と再会した夜、
ベッドの上でタイタニックを観ていた。
つめたいシャリっとしたシーツを撫でながら、
大きな海に浮かぶ豪華客船を見たとき、あ、これに乗りたいなぁって強く思った。
ネットで調べたら容易くヒットして、1週間後にはシンガポールの人事の人と面接をした。
幸運なことにその場で合格を貰いスイスイとことが運びビザを手に入れ、出港地の案内を待った。
実家に帰省し栄のパルコの帰り道、ポンとメールが届いて、シンガポールベースの東南アジア11ヵ国周遊コースに乗船が決まった。
日本人の契約期間は6ヵ月間、途中の下船は許されない。
8月のよく晴れた朝、横浜の堤防には大きな大きな船が止まっていた。
会社が用意してくれた船には泊まらず、恋人が予約してくれたホテルから明け方朝帰りして乗船した、朝日がいっそう眩しい朝だった。
一歩船に乗り込むとそこは街だった。
レストラン、映画館、プール、バー、雑貨屋さんやカジノ、洋服まで買える。
陸からどんどん遠ざかる、
ミニチュアみたいに小さくなって霞に消えた。
その時とてもハッとした。
遠ざかって分かる愛が、
苦しかったものの分解方法が、
大事にしたかったもの。
健やかに自分を愛せたあの日々を忘れない。
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