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91. 第4章「行け行け東映・積極経営推進」

第18節「東映子供向け作品の系譜 後編」

④ 東映動画テレビアニメ人気拡大。劇場オリジナル長編アニメに併映、『東映まんがまつり』へ

〇 1966年7月 東映動画初のマンガ原作による劇場用アニメ『サイボーグ009』公開
 1966年7月東映石森章太郎原作東映動画制作劇場用アニメ芹川有吾演出『サイボーグ009』を、白土三平原作京都撮影所京撮)制作の劇場用時代劇特撮『ワタリ』と2本立てで公開しました。

1966年7月公開『サイボーグ009』©石森プロ・東映

 この作品は、東映動画が手掛けた9作目にして初めてのマンガ原作による劇場用アニメで、併映の『ワタリ』ともども多くのファミリー客を動員します。

〇 テレビアニメ魔女っ子シリーズ第1弾『魔法使いサリー』人気
 1966年12月、日本教育テレビNET)系にて横山光輝原作東映動画制作テレビアニメ『魔法使いサリー』(1966/12/5~1968/12/30)が放映を開始しました。先月から集英社の月刊少女マンガ誌『りぼん』でも再び連載が始まった、日本で初めて少女が主役のテレビアニメは、女の子だけでなく男の子の人気も集め大ヒットします。

1966年NET系『魔法使いサリー』©光プロ・東映アニメーション

〇 1967年3月 『東映こどもまつり』
 1967年3月春休み東映は、東映動画創立10周年記念劇場用オリジナル長編アニメ薮下泰次演出『少年ジャックと魔法使い』をメインに、劇場用中編アニメ第2弾芹川有吾演出『サイボーグ009 怪獣戦争』、1959年に公開された劇場用オリジナル短編アニメ『たぬきさん大当たり』の再映、手塚治虫原作ピー・プロダクション制作テレビ特撮『マグマ大使』の4本立てを『東映こどもまつり』というタイトルで公開しました。

1967年3月『東映こどもまつり』

〇 1967年7月 『東映まんがまつり』
 その年7月夏休みには、NHKで人気のひとみ座人形劇『ひょっこりひょうたん島』を薮下泰司演出でアニメ化した東映動画劇場用中編第3弾に、前年から始まった人気テレビアニメ『魔法使いサリー』から2話、東映東京制作所テレビ特撮『キャプテンウルトラ』、他社の第一企画(現・ADKホールディングス)子会社第一動画制作テレビアニメ『黄金バット』の4本立てを『東映まんがまつり』と名づけて公開します。

1967年7月『東映まんがまつり』

〇 妖怪ブーム!水木しげる原作テレビ特撮『悪魔くん』に続くテレビアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』、テレビ特撮『河童の三平』大人気
 テレビ特撮悪魔くん』(1966/10/06~1967/3/30)から続く妖怪ブームに乗って、1968年1月からフジテレビCX)系で放映を開始した、水木しげる原作テレビアニメ『ゲゲゲの鬼太郎』(1968/1/3~1969/3/30)は、講談社週刊少年マガジン』で連載が始まった人気作品で、怖いもの見たさの子供たちの話題を集め、熊倉一雄の歌う主題歌もヒットし高視聴率を獲得。現在まで続く人気シリーズとなりました。

1968年CX系『ゲゲゲの鬼太郎』©水木プロ・東映アニメーション

 『悪魔くん』を企画した東映テレビプロデューサー平山亨は、続いて水木原作で妖怪の怨念や怖さを前面に出したテレビ特撮『河童の三平 妖怪大作戦』(1968/10/10~1969/3/28)を作り、妖怪ブームを盛り上げます。

1968年NET系『河童の三平 妖怪大作戦』©水木プロ・東映

〇 1968年3月 『東映こどもまつり』
 翌1968年3月春休みでは、再び『東映こどもまつり』というタイトルで、京都撮影所京撮)でマキノ雅弘佐々木康の助監督を務めた矢吹公郎(きみお)演出による東映動画劇場用オリジナル長編アニメ『アンデルセン物語』をメインに、再映のオリジナル長編アニメ『アラビアンナイト シンドバットの冒険』、東急エージェンシーが設立した日本特撮株式会社制作テレビ特撮『怪獣王子』の3本立を上映しました。

1968年3月『東映こどもまつり』

〇 1968年7月 東映まんがパレード
 その年7月夏休みは『東映まんがパレード』。メインの東映動画劇場用オリジナル長編アニメ『太陽の王子 ホルスの大冒険』は、高畑勲が初演出、大塚康生の作画監督に宮崎駿が場面設計として本格的に制作に携わった名作です。加えて、東映動画制作テレビアニメ『魔法使いサリー』、『ゲゲゲの鬼太郎』と円谷プロ制作テレビ特撮『ウルトラセブン』の以上4本立てで興行されました。

1968年7月『東映まんがパレード』

〇 1968年12月 『東映ちびっ子まつり』
 冬休み12月のタイトルは、『東映ちびっ子まつり』です。
 アメリカのラム・フィルム社との合作劇場用SF特撮深作欣二監督『ガンマー第3号 宇宙大作戦』、東映動画劇場用短編アニメ『人のくらしの百万年 マ二・マ二・マーチ』、ベルギー・アメリカの合作劇場用アニメ『ピノキオの宇宙大冒険』、水木しげる原作の東映東京制作所制作人気テレビ特撮『河童の三平 妖怪大作戦』の4本立てで公開されました。

1968年12月『東映ちびっ子まつり』

 人気漫画家赤塚不二夫原作テレビアニメ魔女っ子シリーズ第2弾『ひみつのアッコちゃん』、『もーれつア太郎』大ヒット
 2年間にわたって放映された『魔法使いサリー』に続く魔女っ子シリーズ第2弾赤塚不二夫原作『ひみつのアッコちゃん』(1969/1/6~ 1970/10/26)。
 『おそ松くん』のマンガ、アニメの大ヒットで一躍人気漫画家となった赤塚が、集英社月刊少女マンガ誌『りぼん』に描いた少女マンガのテレビアニメ作品も、男の子女の子問わず広く人気を集め大ヒットします。女の子の間で玩具コンパクトブームが興りました。

1969年NET系『ひみつのアッコちゃん』 ©赤塚不二夫・東映アニメーション

 また、4月からNETで放映を開始した、小学館週刊少年サンデー』連載中の赤塚原作『もーれつア太郎』(1969/4/4~1970/12/25)も『アッコちゃん』に続けて大ヒットします。

1969年NET系『もーれつア太郎』©赤塚不二夫・東映アニメーション

〇 1969年3月 『東映まんがまつり』以後定着
 1969年3月18日東映動画は、日本初総天然色劇場用アニメ『白蛇伝』から数えて15作目に、シャルル・ペロー原作『長靴をはいた猫』の劇場用オリジナル長編アニメを制作、『東映まんがまつり』にて公開しました。

1969年3月『東映まんがまつり』

 この映画は、脚本の井上ひさし山元護久が原作をコメディ調に改編、ギャグ監修小林信彦中原弓彦名義)が加わり、矢吹公郎のスピーディーな演出による、明るく楽しい冒険ファンタジーアニメで、これまでのアニメ映画の記録を塗り替えるヒット、記念すべき作品となります。
 併映作も、東映動画劇場用オリジナル短編アニメ『ひとりぼっち』、テレビで人気の東映動画ひみつのアッコちゃん』、他社人気アニメ藤子不二雄Ⓐ原作『怪物くん』(東京ムービー)、他社人気ドラマ『チャコとケンちゃん』(国際放映、TBS)と、豪華でした。
 そして、劇場用オリジナル長編及び中編アニメを主に、人気テレビアニメをそのまま併映という形の東映子供向け映画興行では、これ以降、長きにわたり『東映まんがまつり』の名称が使われました。
 また、キャラクター作りのベテラン作画監督森康二が描いた「長靴をはいた猫」ペロ東映動画のシンボルマークとして、社名が東映アニメーションに変わった今も変わらず愛されています。

東映アニメーション シンボルマーク「ペロ」 ©東映アニメーション

〇 1969年7月 『東映まんがまつり』
 大ヒットした春のまんがまつりに続けて、7月に『東映まんがまつり』として、1960年月刊『少年』に掲載の石森章太郎短編漫画「ゆうれい船」を原作に、高畑勲と東映動画同期入社の池田宏が演出した中編空飛ぶゆうれい船』を公開、ヒットしました。

1969年7月『東映まんがまつり』

 併映は、京都テレビプロの人気テレビ時代劇特撮『仮面の忍者 赤影』を再編集立体化した3D時代劇特撮『飛び出す冒険映画 赤影』、東映動画テレビアニメ『ひみつのアッコちゃん』、『もーれつア太郎』で、3D赤影』も人気を集めました。

1969年7月3D映画『飛び出す冒険映画 赤影』3Dメガネ

〇 梶原一騎原作スポ根ブームに乗る。テレビ特撮『柔道一直線』、テレビアニメ『タイガーマスク』と『キックの鬼』のヒット
 1969年6月、成績不振で打ち切りとなったTBSタケダアワー『妖術武芸帳』の後番組として、東映東京制作所にて急遽制作されたスポ根テレビ特撮『柔道一直線』(1969/06/22~1971/04/04)の大ヒットで、東映テレビ企画営業部長渡辺亮徳は、作家梶原一騎との厚い信頼関係を築きます。

1969年TBS系『柔道一直線』 ©梶原一騎・東映

 その縁で、講談社の月刊誌『ぼくら』連載の梶原原作「タイガーマスク」の許諾を得て東映動画で制作、10月から大阪の読売テレビ(YTV)系にて放映を開始しました。
 プロレスブーム、スポ根ブームに乗って『タイガーマスク』(1969/10/2~1971/9/30)は大ヒット。高視聴率に支えられ2年間続きます。

1969年NTV系『タイガーマスク』©梶原一騎・辻なおき/講談社・東映アニメーション

 スポ根ブームが続く中、東映動画は、1969年2月から少年画報社の月刊誌『少年画報』にて連載が始まった、キックボクシング界のエース沢村忠の物語、梶原原作『キックの鬼』(1970/10/2~1971/3/26)をテレビアニメ化、1970年10月からTBS系にて放映を開始しました。 

〇 1970年3月 『東映まんがまつり』
 1970年3月の『東映まんがまつり』は、エクトル・マロー原作『家なき子』を芹川有吾の演出で劇場用オリジナル長編アニメ化した『ちびっ子レミと名犬カピ』に、人気テレビアニメ『ひみつのアッコちゃん』『タイガーマスク』、劇場用オリジナル短編アニメ『チュウ チュウ バンバン』が併映され、全作東映動画作品でした。

1970年3月『東映まんがまつり』

 名作『ちびっ子レミと名犬カピ』は、1975年夏の『東映まんがまつり』でも『ちびっ子レミと名犬カピより 家なき子』のタイトルで再映されます。

〇 1970年7月 『東映まんがまつり』 
 続く7月の『東映まんがまつり』は、京撮助監督出身田宮武が演出した石森章太郎書き下ろし原作のオリジナル中編アニメ『海底3万マイル』に、東映東京制作所制作人気テレビ特撮『柔道一直線』、東映動画人気テレビアニメ『ひみつのアッコちゃん』『もーれつア太郎』『タイガーマスク』の東映5本立てでした。

1970年7月『東映まんがまつり』

〇 魔女っ子シリーズ第3弾オリジナルテレビアニメ『魔法のマコちゃん』
 
ひみつのアッコちゃん』に続く魔女っ子シリーズ第3弾は『魔法のマコちゃん』(1970/11/2~1971/9/27)。魔女っ子シリーズ初の東映動画オリジナル原作です。
 アンデルセン童話の名作『人魚姫』をベースに、前2作とは違って主人公の年齢を上げ、少し年齢層の高い女の子向けにターゲットを絞った作品でした。

1970年NET系『魔法のマコちゃん』 ©東映アニメーション

〇 1971年3月 『東映まんがまつり』
 春
のまんがまつり恒例の東映動画オリジナル劇場用長編アニメは、スティーブンソン『宝島』を原作にアイデア構成を宮崎駿が担当し、池田宏が演出した『どうぶつ宝島』。
 主人公とその弟、オリジナルのヒロイン以外の登場人物をすべて動物に代え、動物キャラクター作りの名手森康二が作画監督として腕を振るい、原画はNHKの朝ドラ『なつぞら』の登場人物作りの参考となった奥山玲子、その夫小田部羊一そして宮崎駿らが担当した、東映動画らしい冒険ファンタジーの名作です。

1971年3月『東映まんがまつり』

 併映は、東映動画テレビアニメ『タイガーマスク』『魔法のマコちゃん』『キックの鬼』、そして東映の幼児向け短編ドキュメンタリー『のりものいろいろ』の5本立てでした。

〇 東映テレビ特撮『仮面ライダー』国民的ブーム
 1971年4月
、当時NETとネットしていた大阪の毎日放送MBS)にて、東映テレビ部平山亨が企画を担当した石森章太郎原作『仮面ライダー』(1971/4/3~1973/2/10)が放映を開始します。

1971年MBS『仮面ライダー』 ©石森プロ・東映

 主役本郷猛を演じる藤岡弘が撮影中の事故で入院するアクシデントがおこり、急遽、佐々木剛演じる一文字隼人を主役に2号ライダーを登場させました。その時バイク免許のない佐々木を変身させるためのポースを考えて放映したところ、子供たちの間で「変身ポーズ」が人気となります。

『仮面ライダー』ライダー2号 ©石森プロ・東映

 そして、バンダイの子会社ポピーから発売された「変身ベルト」、藤浩一(後の子門真人)歌う「主題歌」、広島のカルビー製菓が売り出した「カルビー 仮面ライダースナック」とおまけの「仮面ライダーカード」などが大流行し、『仮面ライダー』の国民的なブームが興りました。

〇 1971年7月 大川博社長時代最後の『東映まんがまつり』
 7月
のまんがまつりは、名作『千夜一夜物語』の「アリババと40人の盗賊」をギャグアニメ化した東映動画オリジナル中編アニメ『アリババと40匹の盗賊』です。

1971年7月 『東映まんがまつり』

 アリババの子孫が悪玉で、盗賊の子孫ハック少年が主役の善玉という原作の善悪を逆転させ、「アラジンと魔法のランプ」のランプの魔物も登場、ハックの仲間は40匹の猫たちでした。
 演出は、日大芸術学部卒業後東映京都撮影所に配属、2年後東映動画に異動しテレビアニメの演出家として活躍する設楽博。作画監督はベテラン大工原章で、奥山玲子小田部羊一宮崎駿らが原画を担当しました。
 併映は、人気爆発前の東映東京制作所テレビ特撮『ゴーゴー仮面ライダー』に、東映動画テレビアニメ『魔法のマコちゃん』、ピー・プロダクション制作テレビ特撮『宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン』、そして、虫プロダクション制作テレビアニメ『アンデルセン物語 おやゆび姫』の5本立てでした。

 夏のまんがまつりがヒットした後の8月大川博急逝します。
 9月、方向性の違いや激しい労働争議もあって、残念ながら高畑宮崎小田部の3人は東映動画を離れ、先に移籍していた大塚康生の誘いで元東映動画の楠部大吉郎が設立したAプロダクション移籍しました。『アリババと40匹の盗賊』が、3人が参加した東映動画最後のアニメであり、大川が育てた最後の劇場用アニメ作品でした。

 このように、大川社長時代に、春のまんがまつり東映動画オリジナル長編アニメ人気テレビ作品の併映、夏のまんがまつり中編アニメ人気テレビ作品の併映というパターンが定着しました。

 『東映まんがまつり、人気テレビ作品の助けを借りて、劇場用オリジナルアニメの開発を続けることで、宮崎駿、高畑勲をはじめ、今に至る日本のアニメ業界を支える多くの人材を育て、また、逆に東映新作テレビ作品の人気拡大に貢献したのでした。