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(株)長瀬土建による現場の取組みから考える:雨と森と人の関係

1)はじめに
 今回、生まれて初めて訪問した岐阜県高山市。高山市の森林面積が全市に占める割合は93%、五城目町も83%で、両地域にとって森林は産業においても人々の日常においても、森と人との距離が近い気がします。そして、高山市は線状降水帯が活発化したことによる豪雨の令和2年7月豪雨(令和2年7月3日~令和2年7月31日(29日間)で降水量は1400mm)と、令和3年8月豪雨(令和3年8月11日~令和3年8月31日(21日間)で降水量は710mm)と、2度の豪雨を経験し多くの苦労を重ねています。今回五城目町が経験した同じく線状降水帯による豪雨、令和5年7月豪雨(各地点の降水量は下記図を参照)について、高山の地域の方々と話しながら、沢山の森の知見と豪雨の教訓をお伺いしました。

令和5年7月秋田県豪雨の降水量 (国土交通省 東北地方整備局 2023)

 秋田県にとって、今回の豪雨は上記の図の通り、観測史上一位を更新した雨となりました。その復旧活動にある最中、私は飛騨高山へ。今回、五城目町の友人を介してご紹介頂き、二日間ご一緒させて頂いたのが、(株)長瀬土建の長瀬雅彦社長。清美町の森林管理・林道整備の現場と久々野防災ダムのあららぎ湖、岐阜大学演習林を視察させて頂きました。

2)(株)長瀬土建の取組みと視点
 (株)長瀬土建は「SDGsのすごい会社」(2021年 扶桑社)に取り上げられ、森林業においては、これから何世代にもわたって豊かな森を手渡せるよう、森林の維持管理で基幹となる林道の重要性を力強く発信、その土地の自然を活かしながら、手入れも極力少なく、100年に1度の豪雨にも耐えられる林業専用道をつくっていて、全国各地からの多くの視察を受け入れています。
 また、(株)長瀬土建は、二度の豪雨の被害からの速やかな復旧に従事したと共に、日々の市民の生活を守る基盤インフラを整えていく仕事と、豪雨からまちを守る森林を維持管理する仕事の両方を行っている会社だからこそ、教えて頂いたことが沢山ありました。河川だけでなく森も人々の生活も全てを見渡しながら、地域の安心・安全を守る事業を実施していく長瀬社長の姿勢は、近年、河川の治水の在り方を見直し、河川と相互に影響を与えあっている流域全体を含め治水の在り方を考える「流域治水」の実践にもつながっているように思えます。
 流域治水の取組み概要は、国土交通省を中心に全国の全ての一級河川と400の二級河川に策定されています。流域治水は、本来はその河川ごとにターゲットとすべき豪雨は異なり(ゲリラ豪雨が多い地域なのか、台風被害が多い地域なのか、線状降水帯が多い地域なのか、その複数もしくは全ての豪雨を想定するのか)、河川の流域の地形・自然環境や農地の状況・市街地規模によっても違ってきます。またそれに伴い、流域に対しては、主に川の堤防を越えた流量があったことや堤防が決壊したことから浸水が起こる「外水氾濫」が多く想定される地域なのか、主に市街地の排水能力を超えた雨量があったため排水が追い付かず市街地が水に浸かる「内水氾濫」が多く想定される地域なのかによっても変わります。(尚、内水氾濫は二つのパターンに分けられます。河川の増水により用水路や下水溝の排水機能が不全となり冠水が広がる「氾濫型の内水氾濫」、もう一つは、河川の水の水位が高くなり排水路を逆流して起きる「湛水型の内水氾濫」です。)

 今回、訪問した高山は、五城目町と同じく線状降水帯による豪雨からの復旧であったことと、また、被害は外水氾濫によるものであったことが主であったことから、長瀬社長にお付き合いいただいた二日間の間、座学で、現場で、移動中の車の中で、ひたすらに頂戴した知見は、私の実体験と共にすっと入ってくる感覚がありました。長瀬社長から雨と森と人の暮らしに対する見方・向き合い方・あり方について、一旦学んだ視点をまとめておきたいと思います。

①    「活かす」と「いなす」インフラ整備の重要性
 災害からの復旧を考えるとき、過去の私の記事にレジリエンスの概念をとりまとめた際、4つのRのうちのRedundancyについても記載しました。まず、Redundancyというと、急激に流れくる川の水に対して、私はそれを受け止めるだけの治水ダムの建設や、河川の水が溢れるのを防ぐ強固な堤防を考えたくなってしまっていました。今回、長瀬社長と私の会話で、五城目町の災害について多くきかれたのは「で、馬場目川の浚渫はどれくらいやってるの?」という問いかけでした。通常の雨量でも徐々に河川の下には多くの土砂が溜まったままになります。ましてや、高山市では令和2年7月豪雨の後は、これまでにないほどの土砂が川に堆積したとのことでした。続いた令和3年の水害の後、河川が氾濫した地域を中心に、高山市は浚渫を丁寧に行ってきたと言います。「令和3年の豪雨の後からは、高山は川の水が溢れるのを防ぐ能力は上がったと思うよ。浚渫がまずは効いたと思う。」と話されていたのが印象的でした。
 そういえば五城目の友人と雑談していた時も、「昔は毎年五城目町内の馬場目川の底を平らにしていく工事をしていた。近年はみなくなったけど。だから川が水を流す力が落ちたんじゃないかな。」という声も聞きました。
 恐らく、今後は、馬場目川の氾濫した個所と流量を見据えつつ、どこでどのような対策を講じるのがよいのか、既存インフラを「活かす」という視点をまずは大事にして、流域管理をどう行うのか検討すべきなのかもしれません。そして、まずは短期的対策として、来年の梅雨の時期の豪雨に備えるために、浚渫と河道掘削を丁寧に行うことが最も必要な施策かもしれません。

 もう一つ、長瀬社長から頂いた視点は「いなす」ということでした。いなすとは、「なにかにぶつけて流れを穏やかにする」ということです。「日本人にはいなしの知恵があるからね」と長瀬社長。今回の五城目町の水害では、田畑に大きな流木が乗りあがっている地点がいくつもあります。一体どれだけの力で、こんな大きな流木がこんなところまで、驚きの水の力を感じます。長瀬社長がみせてくれた林道は、飛騨の急な傾斜の山から流れ出る小川の水の流れを天然の石でうけとめ、勢いを消してから排水を促す構造がありました。 


完成した当時の排水構造物の写真と現在を比較しながら教えてくれた長瀬社長


 ここで(株)長瀬土建のつくる林業専用道は、林道では先進技術をもつドイツで受け継がれている技術を応用してつくられたものです。林道の構造について詳細にここで書くと長くなってしまうので、こちらのHPを参照ください↓
https://willwind.co.jp/special/%E9%95%B7%E7%80%AC%E5%9C%9F%E5%BB%BA

②    「グレーインフラ」と「グリーンインフラ」
 先にも述べた通り、私はRedundancyを考えたとき、まずは思いつくのはコンクリートで固められた強固なつくりのインフラでした。しかし、今回の令和5年7月秋田県豪雨を経験して驚いたのは、確かに材質としては固いかもしれないコンクリートのもろさでした。五城目町内を歩くと、水害で浸水した道路と浸水しなかった道路の質感の差が歴然としたことに驚きます。私でさえ明確に、ここまで水がきて、ここからは水がこなかったんだな、と言えるほど、アスファルトには凹凸がくっきりと表れ劣化が顕在化しています。
 令和2年、3年と連続して高山市を襲った豪雨で、林道に限らず一般道も浸食され崩壊するなど被害が相次いだ中、特に令和2年7月豪雨では1400ミリ以上の豪雨があったにも関わらず、(株)長瀬土建の林業専用道は豪雨前と全く変わらない状態で今も続いていました。
 この日の視察では、私は街歩き用のフラットヒールしかなく、「今日スニーカーすら持ってきていなくて。森に入るのに何も準備しておらずごめんなさい・・・。」と言っていたのですが、「その靴のままで問題ないよ!」と笑う長瀬社長に、申し訳ない思いを抱きながら林道に案内して頂きました。 
 ところが確かに林道に入ってみると、どこまで行っても凹凸なく、草取りをせずとも草が生い茂らずに、どこまでも乾いて固い道には驚かされました。「ここの林道は、普通車が時速60キロで走れるからね」と話す長瀬社長に、これなら確かに。と私は納得していました。
 私の勝手な思い込みからか、この視察に来る前までは、グリーンインフラはどこか脆弱な印象がありました。しかしながら、(株)長瀬土建のつくる道は、林道をどこにつくるか山ののり面をみながら慎重に決定し、道の表面を屋根型の構造にすることで、道の上に水たまりができずに雨水による浸食を防ぎ、道の両側にある素掘りの側溝は、谷側は分散しながらゆっくりと森に流れ込むように工夫され、山側は年間推定降水量に見合って設計されていました。側溝にも集水桝にもコンクリートは使わず、現地にある自然の石などを利用し、平時はビオトープとして生き物が生息している姿はとても自然。そして、メンテナンスも人工物が極端に抑えられているので、側溝や集水桝、暗梁に木の枝や石が詰まったら一すくいで取り除くだけと、自然を活かしながら徹底的に効率化できる知恵に、グリーンインフラの力強さを感じました。豪雨に対するインフラ整備はグレーインフラだけでなく、グリーンインフラの可能性も十分考えていくことができるのだと強く感じた視察となりました。

3)今回の記事の結びにかえて
 あららぎ湖の散策ではブナの原生林がひろがり、長瀬社長が見つけた推定樹齢180年のブナの木は、ドラム缶12本分くらいの水を蓄えているんじゃないかな、とのこと。木に直接触ると水をたくさん含んでいるから他の木と違ってひんやり気持ちいい感触でした。

推定年齢180歳のブナの原生林と

 そして、岐阜大学の演習林の散策では、森林の中でブナの木の赤ちゃんたちにマーキングがされていました。天然更新でブナの木がどれくらい育つのか調査されているのではないかと長瀬社長が教えてくれました。

岐阜大学演習林に自生するブナの木の幼木

 五城目の町民が愛してやまない「ねこばり岩」。その上に茂る木の一つは特に印象深く、可愛らしい葉っぱをつけながら、根を堂々とのばす姿は目を見張りました。6月に岩の下から見上げた木もれ日は、眩しすぎもなく暗すぎもなく優しい光をくれて、なんて品のある木なんだろう、と思っていたのですが、長瀬社長とのあららぎ湖散策と岐阜大学演習林の見学で知った葉っぱの形と木の質感から、初めてそれがブナの木だということが分かりました。
 秋田には世界遺産に登録されている白神山地のブナの原生林が広がります。高山にも同じくブナの原生林が広く深く、生き生きと広がっていました。ヒトを癒すのは、温泉もいいけど森もいい、五城目には森が雄大に拡がります。そしてシンボルの森山も。
 改めて、秋田の、そして五城目の森との深いつながりを教えてもらった飛騨高山の滞在となりました。


≪参考文献≫
国土交通省 東北地方整備局(2023) 令和5年7月15日からの梅雨前線による大雨に係る出水の概要
https://www.thr.mlit.go.jp/bumon/b00037/k00290/river-hp/kasen/syussuisokuhou/R5.7/shussuisokuhou230715-3.pdf

冨田直子 他(2021)「SDGsのすごい会社」、芙蓉社
上記著者による(株)長瀬土建の森林業における取組みの詳細は、willwind社のSpecial特集より記事及び動画を見ることができます↓
https://willwind.co.jp/special/%E9%95%B7%E7%80%AC%E5%9C%9F%E5%BB%BA

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