はんぶんの夜

時計の針すら なりをひそめる夜更けには
黒服の男がやってきた
血の色をしたタイを着け
闇にかくれて顔はみえない
わたしははんぶん眠りにつき 醒めた片目で男をみとめる

奴は語るでもなく 手をくだすでもなく
ただ存在するそのことだけで わたしのこころを削りとる
感情はすべて眠りこけて わたしは抗うちからもない
少しずつ すこしずつ わたしのこころは崩れて失われ
暗闇のなかで奴がわらう

そうして溜めたこころの削りかすで 奴はもうひとりのわたしをつくった
もうひとりのわたしは地の下ふかくの牢屋に入れられ
このわたしは太陽の下につなぎ止められた
夜には地の下のわたしが
昼には地の上のわたしが
たがいのこころにあいた穴からたがいを呼ぶ

おうい
おうい

囚われているわたしを逃がしてほしい
わたしはそうわたしに言った けれど
地の下にくだる階段は あまりに暗くて あまりに長くて
幾度ためしても 牢にはたどり着けなかった

やがてわたしは待つのをあきらめ
からだの傷ばかりがふえていった
いつしか月日はたち
とうとう痛みにたえかねたわたしは
こつぜんと牢から消えた
わたしの救いも必要とせず
はんぶんでなくひとりになって

のこりのわたしはまだはんぶんのままで
ひとりになれぬまま太陽の下にいる
ひとりのわたしがどこにいるのか
わたしはもう探しはしない
せかいのどこかにわたしはいるから
こころの穴をとおして呼べば
どこかにいるわたしの返事がかえってくる

おうい

おうい


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