図書室の記憶

大昔に読んだ庄野英二の童話集「海のメルヘン」を無性に読みたくなって、「庄野英二全集 4」を古本で購入した。とうに絶版で、単品は図書館でも見つからない。これは今のうちに入手しておかないと完全に失われてしまうぞと、慌てて検索して「海のメルヘン」が収録された一冊がこれだった。当時の価格より四割増しだったけど、六冊分の内容で状態も良いのでよろしい。まだ読んでいないけど、手に入っただけで満足している。ゆっくり読むのだ。

初めて読んだ「海のメルヘン」は、中学で借りた単行本だった。学校の図書室で出会った本は、親に買ってもらった本よりも強く記憶に残っている。何故だろう。

最初に通っていた小学校の図書室は市民図書館も兼ねていて、絵本や大人向けの小説も揃っていた。その後転校した先の図書室のショボさに比べれば、素晴らしく贅沢な環境だった。
「砂の妖精」「ぽっぺん先生と帰らずの沼」「おおきなきがほしい」「マルコヴァルドさんの四季」「マリアンヌの夢」。ぜんぶ図書館で出会った本だ。そういえば「のらくろ」の漫画本も何冊かあった。当時の小学生には軍隊漫画はよくわからなくて、あまり人気はなかったけれど。

進学した中学校は、三つの中学を合併して間もない、新しい校舎だった。図書室も明るく広く、蔵書数も(三校分を集めたのだろう)中学にしては多かったのではないかと思う。
「海のメルヘン」は窓の下、上向きに作り付けの本棚に入れてあった。驚きだ。気に入った本がどの本棚のどの辺りにあったか、今でもはっきり覚えているなんて。
「クラバート」「失われた世界」「五次元世界のぼうけん」「オヨヨ島の冒険」……どれも場所を思い出せる。十代の記憶力の凄さをますます実感する中年。あの力をよそで発揮していたらもっと成績が伸びていただろうけど。でもまあ多分、無駄にしたってことはない。

今の学校はどうなのか知らないが、当時、図書の本は手書きの貸出カードで管理されていた。ひと昔前のタイムカード(これも遺物か)に似た紙のカードが、借りた本のタイトルで埋まっていく。貸出数では学年一番か二番であったし、その頃は今のように飛ばし読みや途中であきらめることなく最後まで読み切っていたから、文字でいっぱいに埋まった貸出カードは勲章のようなものだった。卒業アルバムやサイン帳などよりも、あの貸出カードが手元に残っていれば、と少し惜しい気がする。記憶に埋もれた本を掘り起こせたら、きっと面白いだろうと。


#雑文 #読書


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