夜凪
黒い水のうえ
夜を横切るいっぽんの線
誰かが立っている
両のうでを宙にさしだし
片足を前にすべらせて
ひとあし
ふたあし
綱渡りがはじまった
星々が見守る沈黙のパフォーマンス
月は知らんふり
海もなりをひそめてる
地上で見守るのはわたしだけ
魚が跳ねた!
静寂がみだれた一瞬
古い記憶がよみがえる
朱に紫に空を染めかえたショウタイム
反対の空からほそい雲がいっぽん横へと伸びていったあれは
そうかこの綱を編んでいたのか
綱の半分渡ったあたりで
綱渡り師はふわりとからだをまわした
うしろに続く大勢のひとたち
彼等がなんなく歩いているのは
綱渡り師のわざなのだろう
そのおおぜいのなかに
わたしがいた
思わずもらした息で綱が揺れて
わたしは口をつぐみ
綱渡り師たちをただ見送る
夜を渡りきるまであとすこし
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