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きゅーのつれづれ その12

バナン:


カオリは頭を抱えている。
帰宅したら、覚えのないバナナの皮が床に落ちていたから。
そりゃピカピカのきれい好きって訳じゃないけど、バナナの皮を床に捨てたりするほどズボラじゃないもん、そう思ってるに違いない。でもさ、いくら考えたってわからないよカオリ。わけはぼくが教えてあげるよ。といってもカオリには聞こえないけどね。

ことの始まりは、隣のミナミさんがいつのもようにおすそ分けをくれたこと。お客さんにもらったからとバナナの大きい房を丸ごとくれた。カオリはありがとうと受け取っていたけど、ほんとうはバナナが苦手なんだよね。朝ごはんのシリアルに混ぜて食べていたのも毎朝だと飽きてしまったみたいで、最後の一本は手をつけられずに、ガス台の隅っこに何日も置かれてた。
そのままだったら何も起こらなかったんだけど、昨日の朝、ほら、カオリはいつものくせで、茶色い斑点が出てきてたバナナを「キリンみたい。キリンだったら名前はバナン」って言っただろ。あれがいけなかったんだ。バナナのやつ、自分をキリンだと思い込んじゃったんだ。

バナンって名前をもらったバナナのキリンは、昼までずっと自力で立ちあがろうとしていたよ。そりゃあんな形だもの。はたで見てても大変そうだったよ。最初は、真ん中の一番太い部分で立とうとしたんだけど、ころころ転んでしまってうまくいかなくて、すぐにガス台から落っこちちゃった。しばらく床でもがいていたけど、最後にはしっかり固い枝の方を使って立つことが出来たの。かろうじて二本足で立ってる感じだったけど、よちよち這うことができたんだよ。ねえ、ゆうべバナンは冷蔵庫の横で寝てたはずだけど、気付かなかった?

バナンはとても覚えが早くて、今朝カオリが出かけたあと、かたかた音をさせながら、床を歩き回ってたんだよ。半分に切ったタイヤみたいな体で上手にバランスとって。それどころか、半日もしたら走れるようにまでなったんだ。たったかたったか、部屋のコタツの周りを、サバンナにいるみたいに駆けていたよ。コタツの山にも登ろうとしたけど、足が引っかかって無理だった。そうして一日中走ってて、日も暮れだした頃、ちょうどぼくがいるこの棚の下に来て、こう聞くんだ。
「ねえ、葉っぱはないの?」

ここはサバンナじゃないから、葉っぱのついた木はないよ、って答えたら、なんだか悲しそうなしぐさをするんだ。顔はないけどさ、バナナの体をくねらせて、しょんぼりする様子なんだよ。まだキリンとしては生まれたばかりの子どもなんだね。
「すごく走ったから、おなかがすいたの。ぼくはキリンだから、葉っぱを食べなくちゃ」
それを聞いてブーコがすごく笑ったの。
「あんたはキリンのふりしたバナナだから、おなかがすいたのは気のせいよ」ってブーコが答えたら、
「バナナってなあに?」って今度はぼくに聞くんだよ。バナナが何かってことをバナナに教えるって難しいね。
「それは果物だよ。黄色くて、皮をむいて食べる……」
説明に困っていたら、バナンの足もと、つまりバナナだったら頭のところに、黄色い果肉が見えたの。ずっと走り回ってるから、皮がめくれてきちゃったんだね。
「ほら、その足からのぞいてるのがバナナの美味しいとこよ」
ブーコにそう教えられると、バナンは体をぐんと曲げて、ふんふんとにおいを嗅ぐような格好をして、ぱくっと足に噛みついたの。それがきっと美味しかったんだろうね。自分で自分の皮をむいて、みるみるうちに食べ尽くしちゃった。だからつまりね、そのバナナの皮はバナンの抜け殻なの。

カオリ、これにこりて何にでも名前をつけるのはやめようよ。でないと部屋じゅうにいろんな果物の皮が転がることになっちゃうよ。ぼくもブーコも面倒見きれないから。そうそうそれからね、ブーコも最近「おなかがすいた」ってご機嫌が悪いから、銀色の硬貨を何枚か、背中に入れてやってくれないかなあ。お願い。

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