戯曲 三階⑤
【第四場の2】
少女 何してんの。
兄 帰ろうと。
少女 雪をどうする気。
兄 これは雪じゃない。
少女 さっき降らしてたのあんたでしょ。雪に足取られたせいで転んだんだから。下手くそ!
兄 これは雪じゃない。手紙なんだよ。弟の書いた手紙なんだ。
係員 テガミ?
少女 知ったこっちゃないわよ! あんたのせいでまた落第になった!
係員 テガミとは何のことですか?
兄 だから手紙とは……無事でいるよと知らせるものです。
少女 無事でいる? 果たしてそうかしらね。
(少女が兄に襲いかかる。兄は雪籠を守って覆いかぶさり、じっと堪える。係員がやって来て殴り続ける少女を止める。少女は逃げ、係員はあとを追う。兄は体を起こして籠の雪を地面に並べ始める。ジグソーパズルのように。白衣4がそれを見ている。
他の白衣三人が下手から現れ、うろうろと兄のまわりを囲む。手紙のパズルが出来上がっていくのを眺める。)
(弟が登場し、手紙を読み上げる。)
弟 「こんにちは。おげんきですか。ぼくはきょうたんじょうびでした。おかあさんがケーキをつくってくれました。ぼくはまっしろいなまくりーむのケーキがすきです。ケーキのうえはイチゴがのってます。ケーキのなかにはかんづめのモモがはいってます。おにいちゃんはぼくとおんなじくらいイチゴがすきなので、いつもイチゴのとりあいをします。でもきょうはぼくのたんじょうびなので、おにいちゃんはじゃんけんもなにもなしで、じぶんのぶんのいちごもぼくにくれました。ありがとう。おいしかったよ。でも、おにいちゃんのたんじょうびのときはイチゴをくれよって言われて、ちょっといやでした。ぼくのイチゴはぼくがたべたいです」
(弟、退場)
白衣1 それが手紙?
兄 そうだよ。
白衣3 ただのおしゃべりじゃん。
兄 返事をずっと待ってるんだ。
白衣2 ただのおしゃべりに?
兄 おしゃべりだから返事がほしいんだよ。書いてやらなくちゃ。(ポケットから鉛筆を取り出す)紙をもらえない?
(白衣4、ふところから折りたたんだ紙を出し渡す。兄、紙の裏表が白いのを確認してから書こうとする。が、書けない。)
兄 「て・が・み・を・あ・り……」書けない?
白衣1 そりゃあ、その紙にはすでに文字が書かれているもの。
兄 まだ一文字も書いてないよ。
白衣2 見えないだけで書かれているのよ。
白衣3 あぶり出しさ。
(白衣3、籠の上でマッチを擦る。紙の雪が燃え上がる。兄、慌てて立ち上がり、白衣たちに取り押さえられる。白衣3がさっきの白紙を取り上げて火にかざす。文字が浮かび上がった紙を兄が奪い返す。再び弟が登場、手紙を読み上げる。)
弟 「きょうは雪がつもったので、ぼくが小さかったときのことを思い出しました。その日もぴかぴかの雪でした。はやおきして、おにいちゃんといっしょに外に出たら、まだだれもあるいていなくて、クリームみたいなきれいな雪でした。ぼくははじめて雪だるまをつくりました。おにいちゃんとふたりで雪がっせんもしました。雪でびしょびしょになってよごれたので、あとでおかあさんにしかられました。よるになってぼくがねつを出したので、おにいちゃんだけまたしかられました。でもすごくたのしかったです。また雪がつもったら、おにいちゃんとあそぶってやくそくしました。おとうさんとおかあさんはだめだって言うから、ないしょのやくそくです」
白衣3 つまんねえ。
白衣2 ほんと、つまらない。
白衣1 ただのおしゃべりじゃないの。
弟 ただのおしゃべりだよ。
白衣4 これが、君が手紙と呼ぶものか。
白衣1 手紙ってつまらないおしゃべりのこと?
兄 手紙って、
弟 覚えててねって、伝えるものなの。
兄 覚えてるよって、伝えるものだよ。
(弟退場。白衣の四人、顔を見合わせる。そこへ少女を連れた係員が現れる。少女はもがいて逃れようとする。)
係員 この子のおかげで忘れるところだった。君は補習終了です。再試験が受けられますよ。
兄 僕?
少女 あたしは!
係員 暴力沙汰を起こすと、既定に従って受験資格を失うことになります。従って今後は補習も再試験も許されません。
少女 三階に来れなくなるってこと?
係員 はい。
少女 それはいや!
兄 あのう、再試験ってまたあの舞台に。
係員 当然です。
兄 やだなあ。
係員 これはあなたの権利です。
兄 遠慮します。
少女 じゃああたしにちょうだい。その権利。
係員 は?
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