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きゅーのつれづれ その19

結婚式:

一ヶ月も前から、カオリは緊張していた。
ポンちゃんの結婚式に何を着ていったらいいか、わからないで困ってたんだ。ミズノさんに相談すると、ミズノさんは自分が出席するわけでもないのに、カオリと同じくらい真剣に悩んで、二人で何度も会議していた。結局、カバンはミズノさんに、服は会社の友達に借りて、靴は奮発して買った「つんとした靴」を履くことに決まった。ミズノさんは今朝もカオリを起こしに来て、カオリの髪をこね回して不思議なかたちの頭にしてくれた。おめかししたカオリは鏡の前で「笑顔の練習」だと百面相をして、「よし!」と気合を入れてようやく出かけたんだ。
そのあとは、ブーコ2世の質問攻めにあって大変だった。結婚式とは何かなんて、説明しても2世にはまだわからない。ぼくだってほんとはよく知らないもの。まだ連れてってもらったことがないからね。

カオリはまだ明るいうちに帰ってきた。
「あー疲れた」
ベッドに倒れ込みそうになって借り物の服だったことを思い出したらしく、のろのろと部屋着に着替えた。
「すごかったよ。きゅーちゃん」
ワンピースをハンガーにかけながら教えてくれる。
「水族館が式場でね。大きな水槽の前で結婚式をやったの。お魚に囲まれてすごくすてきだった。ポンちゃんのドレス姿も可愛かったけど」
ウェディングドレスよりも水槽のほうが気に入ったらしいカオリは、カメラを出して、撮った写真を見せてくれた。魚を写した以外は、白いドレスのポンちゃんと知らない人たちの写真ばかりで、カオリが写っているのは一枚だけだった。ポンちゃんと並んで、歯を見せている。このときもまだ緊張しているのか、笑顔がぎこちない。
「ポンちゃん忙しくって、ほとんど話せなかったよ。おめでとうしか言えなかった」
カオリはかすかなため息をついた。
「でも、おめでとうしか言うこと思いつかなかったから、あれでよかったんだよね。きゅーちゃん」

カオリが髪を洗おうと洗面所に行ったところに、マンボウが現れた。今日は断りもしないで、勝手に窓から入ってくる。
「くーたーびーれーたー」
そう言うと、マンボウはカオリの枕にもたれた。
「遠くまで散歩してきたの?」
「けっこーんしきー、行ってきたのー」
マンボウの話は、いつものように気だるげだ。
「結婚式? だれの?」
「ともだちー」
それまでマンボウに見とれていたブーコが突然ぴょんと跳ねたので、ぼくはびっくりした。危ないよ。落ちたら割れちゃうよ。どきどきしながらそう注意しても、ブーコは全然聞いてない。
「けっこんしきって、どんな? どんな?」
マンボウは起き上がって、
「きーらきら」と歌うように答えた。
「ぴーかぴかしててねー。魚がいっぱいでねー。きれいな音楽が鳴ってねー、雪がきらきら降ってきたのー」
「ゆき?」
「海の雪だよー」
その時、テーブルの上に置いてあるカオリの携帯が鳴った。シャワーを使っているカオリには聞こえないみたいだ。着信音の軽やかなリズムに合わせて、マンボウがゆらゆらと踊り出したけど、すぐに曲は止まってしまって、マンボウは不満そうな声を上げた。そしたら、マンボウの体から白いものがぽろりと落ちた。
これが、海の雪なんだって。

ひと休みしたマンボウが帰っていくと、カオリが洗面所から戻ってきた。ぬれた髪をタオルでこすりながらベッドに座って、携帯を手に取った。画面をしばらく見つめて、ふふっと笑った。
「よかったなあ。水族館」
カオリはそうつぶやいて、ごろんと横になった。
「あれ?」
カオリは体を起こしてベッドの上を探ると、マンボウが落としていった雪をつまんで、しげしげとながめた。
「ライスシャワーのお米、髪についてたのかな?」
そう言って首をかしげた。
ああそれは、お米じゃなくて、海の雪なんだけど。
「いいなあ。水族館の結婚式」
カオリはもう一度つぶやくと、さっきまでマンボウが寝ていた枕をぎゅうっと抱きしめた。それから、幸せそうに目を閉じた。


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