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FARM

はじめてその場所を訪れたのは、2013年の春頃。
牛さんを見に行きたいなー
と、そんな軽い気持ちで旅行の行程に組み込んだのだ。

大きくてとっても有名な牧場だ!
牛さんたちたくさんいるんだろうな〜

旅行中の一番の楽しみだった。

牧場は広場や遊具、レストランがある「まきば園」と
実際に牛たちがいる「牛舎」に分かれている。
まず、まきば園でゆったりとした雰囲気と
牧場らしい長閑なアトラクションを楽しんだあと、
満を持して牛舎に足を踏み入れた。

すると、空気が一変した。

そこに現れたのは、想像していたような長閑な牛たちの姿ではなく
言わば、命の「生産工場」。
考えれば当たり前のことなのだけれど、
家畜としての牛の姿をまざまざと見せつけられた私は、
ショックで涙を浮かべながら、立ち尽くしてしまった。

あれから7年。
あの時の光景と、その時の自身の感情の揺さぶりを
私は忘れたことがない。

世界中が大きく変わってしまった今年。
あの牛たちは、どうしているだろうか?
ふと、どうしようもない衝動に駆られ
新幹線に飛び乗った。
何故だかわからないけれど、
どうしても会いに行きたくなったのだ。

あの日と何も変わらない建物の中に
あの日と何も変わらない姿で牛たちはいた。

いた、はずだ。

だけど。

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あの日、私の目に絶望的にさえ映った目の前の光景は
なんだか少し、でも確かにそれは違って見えた。
古びた建物、汚れて曇った窓、片隅の蜘蛛の巣、
狭い間隔で並べられ、繋がれた牛たち。
何も変わっていないはずの光景。

何故だろう?

生まれた瞬間に、歩む道が決まる。
全てを管理され、時に選別され、
自分ではない別の命のために全てを捧げることになる。
けれど、
その命には必ず明確な意味があり、役割がある。
生まれてくること、生きること、そして死ぬことも、
無駄なことなどない世界。
迷うことはないだろう。

たとえ全てが、人間のエゴだとしても。

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一見冷たい牛舎には、
時折小さな訪問者がくる。
牛たちの世話を焼く飼育員さんの背中に、
愛情が滲んで見える。

ひとりの牧場スタッフさんが、自慢げに言った。
「ここでしか飲めないこの牛たちのミルク、本当に美味しいんだよ」
観光に来ていた親子が、楽しそうに牛たちを見ていた。
老夫婦が、ひとつのソフトクリームを交互に頬張っていた。

7年前の呪縛が、ぽろぽろと剥がれ落ちる。
牛たちが、ほんの少し羨ましいような気がした。

2020年の秋。

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