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かっこ悪い踊り方

盗んだバイクで走り出す。
そんな時代がありました、とき子です。

嘘ですよ?

正式に中古販売店で購入したバイクに乗っていたことがあります。
カワサキエストレヤRSというバイクでした。正直詳しいことは全然知りません、外見のみで選びました。

昔昔にnoteで一度触れているのですが貼り付けるほど触れてもないので、なぜバイクに乗ることになったのかを再度。

あれは、友人の結婚式の二次会。
新郎側の友人が隣に座ったことがきっかけだった。女性である。
彼女はとてもキリッとしたパンツスーツを着こなしており、その空気感だけで、芯の強さが伝わってくるような人で、顔や髪型はすでにうろ覚えなのだけれど、宝塚の男役に心奪われるが如く、私は彼女に惹かれてしまった。

当時23歳、友人の早過ぎる結婚を、羨ましいと取るのか、勿体無いと取るのかそれさえも定まらず、どう生きていくかなども、深く考えていなかった。
確か当時、彼氏はおらず「新郎の友達にかっこいい人いるといいなぁ」などと言いながら、妙にウエストラインが強調されたワンピースなどを着ていたはずだ。
友人の新郎は年上の公務員で「安定最高!」就職氷河期世代どまんなかの私たちは、それだけで浮かれる案件の二次会である。

そこへふっと現れた女性に、最初は「ああ女性か」と若干不満を持ったことも事実。
女性は言った。「飲み物おかわりする?」
キリッとした姿に相反して、丸みのある優しい声だった。話しやすそうな人だわと、私はグラスにお酒をいただきつつ、彼女とお喋りをすることにする。
そこそこに話が進んだあたりで「県庁にお勤めですか?」と聞いてみた。
理知的な話し方をする彼女に興味が湧いたのだ。
すると彼女は「ううん、白バイ隊員」と言うではないか。
警察官と答えるのではなく、白バイ隊員と答えたそのはっきりとした口調が、彼女の誇りを窺わせていた。

「…かっっ…!!かっこいいですねっ…!!」
私の当時の興奮度をどう表せばいいだろう。
まったく社会に希望を持たず就職し、彼氏とは別れ、さりとて実家暮らしに危機感もなく、不満もないが、震えるような強い関心ごともない私の人生と同じ時間軸で、白バイ隊員になるべく尽力してきた女性が目の前にいる。
それは、羨ましいとか妬ましいとかそういう感情を一切含むことなく、強い光が爆発したような感覚だった。
「バイクってどんな感じですか、難しいですか、どうして白バイ隊員になろうと思ったんですか!?」
女性は、そんな私を馬鹿にするような顔を一切せず、ひとつひとつ丁寧に答えてくれて、そして最後にクスっと笑って言った。
「だって、かっこいいでしょう?かっこいい自分になりたかったの」

その二次会で、ほぼ異性に話しかけられることはなかった。
当初の収穫目標で言えばゼロである。
だがしかし、私は全く別のものを収穫したようだった。

翌月、給料を握りしめ教習所に行った。
自動車免許を持っている私はすぐに実技となったのだが、その免許がオートマ限定だったため、初日に「クラッチってなんですか」とキリッと質問したら「なんでオートマ限定のやつがバイクに乗ろうとしてんだよー」と教官は呆れた顔をした。
「かっこいい自分になりたいからです!」とは、キリッと答えられなかったので、テヘヘという顔をして見せる。
それからまず、バイクを起こす。
「白バイはこれより重い」そんなことを考えた。
一度、乗り方を覚えたら、なかなかセンスはあったらしい、脱輪やエンストもせず、スムーズに免許取得に至り、中古販売店でエストレヤに一目惚れをした流れで、さらに給料を注ぎ込んだ。

その数年後、会社を辞める流れになり、バイクで職安に通っていた時だ。
交通量がほとんどない広い道路で、速度取締りに引っかかった。通称ネズミ取りだ。
「はい、あなた、何キロ出てたかわかるー?」と、やる気のなさそうな警察官に、キリッと答える「60キロ!」
「はい、ここ何キロ道路かわかるー?」
「(捕まっているっぽいが)60キロ!」「ブッブー、40キロでーす」

ブッブーだと…
っていうか、今から職安に向かうお金のない善良な市民を捕まえて、60キロでアウトだと!?夜中にヴオンヴオンやって納税してない(※イメージ)やつらの方がよっぽどアウトやんけ!
というやりとりを一通りした。警察官は、市民のピーチクパーチクにとても慣れている。
ほぼ半笑いで「はいはい」と流された。
「せっかくかっこいいのに乗っているんだから、次は捕まらないでねー」
そう言われて、ふと思い出したのは
「かっこいいでしょ?」と言っていた彼女だった。
ああ!私、かっこいい自分になろうとして、あなたの組織にかっこ悪く捕まってます!
(※ダメ、速度違反)

あの時の彼女の言うかっこいいと、私の手に入れたかっこいいは、別物であった。
特段バイクが好きなわけでもなく、さらに雨風が凌げないと言うのが一番大きな要因で、気づけば車に乗る日が増え、大学卒業後に戻ってきたバイク好きの弟が「お前のバイクが泣いている!」と憤りながら私のバイクを磨きあげ、私のバイクは然るべきバイク愛好者に売られて行った。私のかっこいいはそこで終了となったのである。

「かっこいい自分になっているか?」
この流れで言うと、中途半端な自分が浮き彫りになるだけなのだが、どっこい実は、自分の中で大きな収穫をしていた。
やってみたい!と思うことの大半は実際出来るということだ。
空を飛びたいならパラグライダーに。
象に乗りたいならタイに。
優勝したいと挑むフラの大会、自分の本を作りたいと申し込んだあの日の文フリ。
プロの世界を覗きたいと臨む講習。
出来ない理由より、やりたい理由を並べる方が少し得意になったのだ。

いまだに私は、芯のある、あの日の女性のようになれていない。
誇りを持って「今の私、かっこいいでしょう?」と言える自信がない。
ただ、バイクの免許を取得したあの日から「やってみたい」に迷わない図太さを収穫したのである。
この収穫物、割とデカい。ビチビチと勢いよく今も胸で飛び跳ねていたりする。

このよくわからない実態のない収穫を、なんと呼べばいいのだろう。
「やりたいクラブなんてなーい」とスライムをこねくり回している娘は、幼かった頃の私とあまりにもそっくりだ。
いつか彼女にも白バイ隊員のお姉さんが現れるだろうか。
光を見たら、とりあえず手を伸ばしてみてほしい。
ビチビチの何かを捕まえるかもしれない。何もないかもしれない。
それでも。ココロオドルジンセイヲ!

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