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まいおりる

その佇む桜の名前を 私は知らない

病院横の広い原っぱのようなグラウンドまで
長い石の階段を下りなければならない

古いバックネット
傾いだ野外用トイレ
ガラスが破れたままのプレハブ小屋

内野から外野にかけての土手に
その二本の桜はある
種類のちがう つがいのような樹

痩せ細り 自立できなくなりつつあった
私の脚の筋線維は戻りつつあった

患者のため 時には近所の子ども達のために
様々な遊戯に使われてきただろうグラウンド

そして今 こうしてリハビリの後
佇むためにあるグラウンドというのもある

濃いピンクの花びらが先に開いた
やや間を置いて 薄いピンクが

咲いた喜びを先に知り
咲く自然の凄さを後に知る

やがてすべて満開になった
ゆるやかな南風に 花びらが次々宙を舞う
その時 そこに私はいない

健康が ただあとからあとから

まいおりる


(雑誌『詩人会議』’21年4月号 収録)

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