優しく強い、現代美術作家

彼の作品を事前に見せていただいた。国宝級の建築をまるでジオラマの世界に創りあげたような、緻密で精巧、それでいて力強い作品。そうかと思うと、今度は、手のひらに乗るような、細く、小さく、軽い、糸や髪の毛を材料に作られた作品。いずれも共通するのは、正確で根気のいる作業であること、だ。きっと、真面目で、クールな作り手なのだろう、と。少しの緊張感で、彼を待った。

私の前にあらわれたのは、あたたかそうなカラフルなセーターに、ツイードのパンツが印象的な、とてもリラックスした様子の男性だった。第一声を聴いて、私の心配は杞憂であることに気づく。声が、とても、人懐こいのだ。おまけに笑顔も。

聞けば、彼の実家はケーキ屋さんで、小さい頃から両親がケーキを作る姿を見てきたそうだ。そんな親を見て、自分もゼロから何かを作る人になりたかったという。子どもの頃は、藤子不二雄のSF(S=少し、F=不思議)が好きで、映画を見ても、テレビを見ても、どうやって作られているか、その裏側のほうが気になったそうだ。まわりの友達に言っても共感してもらえず、あまり、友達はいなかったと、ふりかえる。

けれど、彼は、自分が好きなことへの探求をやめなかったし、彼の両親も、背中を押し、そっと寄り添うように応援した。学校の勉強が大嫌いだった彼は、いつの間にか、学ぶ楽しさにのめり込んでいた。自分の見える世界、そこで感じる感覚を磨きながらそのままオトナになった。大学卒業後は、海外で学んだ。世の中の広さ、価値観の多様さ、戦略の必要さ、さまざまなことを吸収し、そしてまた地元へ戻ってきた。

世界を見たからこそ、故郷の価値に気づいたと彼は言う。

子どもの頃に抱いた気持ちは今も変わらない。けれど、世の中への研ぎ澄まされたセンサーを手にいれて、優しく強い作家になった。
彼にこれからの夢をたずねると、優しく微笑んで、そこはやはり、不言実行で、と、答えることをやんわりかわされた。きっと彼は、こんな風に、人をたちまち、トリコにしてしまうのだ。

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